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2006年11月12日 (日)

宮崎旅行記 vol.2

ヨッシーです。現在、宮崎で仕事中です。遅くなりましたが、宮崎旅行記の2日目をご報告いたします。

11月12日

宮崎・発 → 宮崎神宮・江田神社・市民の森(宮崎) → 佐野原聖地・佐土原城跡・巨田神社(佐土原) → 西都原古墳群・都萬神社(西都) → 都農神社(都農) → 立磐神社・日向岬・馬ヶ背・細島燈台(日向) → 木城温泉(木城) → 宮崎・泊

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写真は西都原古墳群の様子です。小さな山に見えるものは全て古墳で、この辺りだけで311基も存在します。宮崎(日向国)は、神武天皇(初代天皇)が生まれてから奈良(大和国)に東征するまで過ごした場所であり、「日本の歴史=天皇の歴史」と考えると日本人発祥の地と言っても過言ではありません。

県別の古墳数では、宮崎県は奈良県に遠く及びません。しかしながら、地域別の古墳数では、西都原は奈良の明日香に匹敵するくらい集中しています。また、関西に多い前方後円墳が九州全域でも西都原にのみ複数存在することも特異的です。この事実は、前方後円墳のような形態の墓をつくる文化をもった民族(天皇家)が宮崎から奈良へ移ったことの裏づけと考えられます。では、宮崎にある前方後円墳の文化をもつ民族がどこから来たのか・・・(天から降りてきたという神話はさておき)直接、船で宮崎に上陸したとしか考えられません。

ヨッシーの推理では、北九州(邪馬台国)と南九州(天皇家)は異なる文化をもった民族であり、戦いに敗れて西(奈良)に逃れたと考えています。この話題については、いつか詳しくホームページのコラムで紹介したいと思います。

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コメント

江田神社を少し調べていたら・・・ヨッシーさんのブログへ・・・。はじめまして。楽しく読ませて頂きました。
しかし、交通網の悪い宮崎での2日目の行動は地元の私でもかなりハードな行動でしたね、って感じですが、神社をはじめ馬ヶ背など自然の雄大さを満喫して帰って頂けたかと。
では、これまでの様々な地域の素敵な写真をゆっくりと楽しませてもらいます。

投稿: ika | 2006年11月20日 (月) 20時31分

ikaさん、コメントありがとうございました。
ヨッシーです。江田神社についてお調べとのことですね。地元のikaさんの方が詳しいとは思いますが、ヨッシーが見てきた内容について簡単にご報告いたします。
江田神社は、天皇家の祖先神、伊邪那岐神と伊邪那美神を祀った神社です。名前の由来は、昔この神社の辺りは入り江になっていて、その地を開墾して水田としたことによるそうです。しかし、この神社の見所は何と言っても禊池だと思います。
江田神社の本殿裏から細い道を抜けると禊御殿があります。この禊御殿は、市民の森の西の一角にあって、このまま市民の森を北東に進むと大きなきれいな池があります。この池は、黄泉の国に伊邪那美神を迎えに行って逃げ帰った伊邪那岐神が黄泉の穢れを洗い流した伝説の池です。この禊によって天皇家の直系の祖先・天照大神が誕生しています。江田神社は、天照大神の誕生地にその両親を祀った日本神話にあって非常に重要な意味を持った神社です。ikaさんの充実した旅を期待いたします。

投稿: ヨッシー | 2006年11月25日 (土) 17時09分

ご丁寧にありがとうございます。とても勉強になりました。 あの道を通り市内へと遊びに行ってましたが、小さい神社があってカーブに入ると木が多くなんか暗い道~・・・と通っていました。が、2年程前から、オーラの泉の江原さんや梅原先生の本から「えっ!」 由緒ある所なんだ~と今更ながら知りたくなり何度も足を運びました。今ではとても爽やかに思う場所です。
すぐそこに様々な歴史の地があるのに知らなかった、なんてもったいない!と、四十路は思うのでした。

投稿: ika | 2006年11月27日 (月) 22時39分

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