中信・新潟旅行記
ヨッシーです。7月に入って初めての週末です。まだ梅雨明けしていませんが、夏も間近なので暑くなる前に少しでも多くの場所を巡っておきたいと思います。今週末は天気も良さそうなので、大町から新潟県上越方面に出かけることにしました。
7月5日
自宅 → 松尾寺(安曇野) → 仁科神明宮・盛蓮寺・若一王子神社・仁科神社(大町) → 長谷寺(白馬) → 広伝寺・安福寺・水保観音堂・能生白山神社・長者温泉(新潟・糸魚川) →(能生IC~柏崎IC)→ 柏崎・泊
写真は、安福寺の境内墓地で見つけた村上義清のお墓です。元は立派な五輪塔だったと思われますが、現在はその一部だけが苔生した状態で残されていました。
村上義清は、葛尾城(長野県坂城町)を居城とし、信州に侵攻した武田信玄を2度撃退した屈強の戦国武将です。しかし、戦力差は否めず居城を追われて上杉謙信を頼りました。謙信は、義清の旧領を回復しようとして川中島に何度も出撃しましたがついに取り戻すことができず、代わりに自領の根知城を与えて上杉家臣団に迎え入れました。
安福寺は、その根知城下にあって失意の内に病死した義清が葬られた場所と言われています。義清のお墓と呼ばれるものは新潟・長野両県に複数存在しますが、このお墓が本物で、他は子孫や家臣・領民によって建てられた供養塔です。以前(2007年3月10日)のブログで義清のお墓は光源寺(上越市)にあると紹介しましたが、こちらも義清自身が生前に建てたものであることが分かっていて、正しくは祖先の地を追われた村上一族の供養塔であると考えられます。
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