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2011年1月 8日 (土)

中信旅行記 vol.31

ヨッシーです。今日から今年最初の三連休です。しかしながら、年末年始の旅の疲れや片付けを終えることが出来なかったため、今回は旅を取り止めることにしました。それでもせっかくの三連休なので、1日位はと思って地元の梓川河畔に自生しているケショウヤナギを撮影しに出かけて来ました。

ケショウヤナギは、ヤナギ科ケショウヤナギ属に属する1属1種の珍しい植物で、北海道の一部と長野県の上高地と当地にしか現存していない生きた化石と呼ばれる遺存種です。

1月8日

自宅 → 興龍寺・かけおち道祖神(塩尻) → 梓川橋(松本) → 安曇野みさと温泉(安曇野) → 自宅

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写真は、ケショウヤナギの若木です。発芽してから10年未満の若木は、写真のように幹や枝全体がまるで白粉のように白いロウ質に覆われています。そして秋から春の極寒期にだけ枝先がまるで紅を差したように朱色に染まるのが名前の由来となっています。

他所では見られない非常に珍しい植物なのでいつか写真に撮ろうと思っていましたが、とにかくこの時期の信州は氷点下の寒さなのでなかなか訪れることが出来ず今回ようやく写真に収めることができました。ぜひ写真をクリックいただいて朱色に染まった枝の様子をご覧ください。

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2011年1月 3日 (月)

愛媛旅行記 vol.2

ヨッシーです。2日目は、松山城下にあるスペシャルドラマ「坂の上の雲」の関連施設を巡りました。萬翠荘の隣にある「坂の上の雲ミュージアム」と松山城ロープウェイ駅舎内にある「坂の上の雲ドラマ館」が主な施設となりますが、特に後者ではドラマで実際に使用された衣服や小物が展示されていてドラマの世界を身近に体感することができました。

1月3日

松山・発 → 萬翠荘・秋山兄弟生誕地・城山公園(松山) →(今治IC~大三島IC)→ 多々羅大橋・大山祇神社(今治) →(大三島IC~西瀬戸尾道IC・福山西IC~栗東IC)→ 栗東・着

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写真は、坂の上の雲ドラマ館にあった巨大パネルの前でスタッフの方に撮影していただいたものです。明治時代の軍帽が3種類用意されていましたが、ヨッシーはその中から秋山真之の軍帽をお借りして記念撮影していただきました。

松山訪問の1回目(2008.12.30)は国や県の文化財、2回目(2010.1.2)は坂の上の雲の関連史跡を中心に巡りましたが、3回目の今回はドラマロケ地巡りのような少々ミーハーな旅になってしまいました。ですが、スペシャルドラマ「坂の上の雲」も今年末でいよいよ終了してしまうので、規模が縮小されたり閉館される前に訪問しておくことができて良い思い出を作ることができました。

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2011年1月 2日 (日)

香川・愛媛旅行記 vol.2

ヨッシーです。今年の正月も道後温泉にやってきました。3年連続(2008.12.292010.1.2)で道後の湯に浸かったので、これで10年は風邪をひかないで済みそうです。

松山への訪問も3回目なので、今回は入浴を中心に道後温泉街をのんびりと散策しました(これが普通なのでしょうが)。道後温泉街の中では、道後温泉本館と並んで道後温泉駅付近に見所が多く特に賑わっていました。

1月2日

栗東・発 →(栗東IC~与島PA)→ 瀬戸大橋(坂出) →(与島PA~松山IC)→ 道後温泉駅・道後温泉本館(松山) → 松山・泊

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写真は、道後温泉駅前広場・放生園に設置されていた湯釜と足湯です。道後温泉本館が出来るよりも古い明治24年から昭和29年まで実際に使用されていたもので、道後では2番目に古い湯釜です。

放生園の名前は、かつて当地が伊佐爾波神社の境内地であった頃まで存在していた放生池に由来します。傷ついた白鷺が傷を癒したのが道後温泉の始まりであると言われていますが、その場所はこの放生池の畔であった可能性が高いと考えられます。

因みに一番古い湯釜(日本最古の湯釜)は道後公園内にある湯釜薬師の湯釜で、一遍上人が宝珠に南無阿弥陀仏の6文字を刻んだと言われています。

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2011年1月 1日 (土)

滋賀旅行記 vol.19

あけましておめでとうございます。本年もヨッシーウェブログをよろしくお願いいたします。

今年も初詣には、大宝神社と近江神宮を訪れました。毎年訪れる神社なので紹介できる内容も少なくなってきましたが、今年は昨年末から降り積もった雪で例年とは違った景色を記録に収めることができました。

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写真は、近江神宮の外拝殿の東隣に建てられていた栖松遙拝殿です。栖松は、有栖川宮と高松宮から一字ずつ取られたものです。

この建物は、元々東京高輪の高松宮邸内に建てられていた御霊屋で、高松宮家が断絶したことにより平成18年(2006年)に当地に移築されました。高松宮家は、有栖川宮家から祭祀を継承していましたが、高松宮家の断絶後は高松宮殿下が近江神宮奉賛会の総裁であった縁により当神宮がこの御霊屋を引き継いで祭祀(遙拝式)を行っています。

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