2010年12月 4日 (土)

兵庫旅行記 vol.4

ヨッシーです。今週末は、急遽神戸市中央区へルミナリエを見に行ってきました。当初は新潟旅行に出掛ける予定でしたが、クリスマスシーズンに実施されると思っていたルミナリエが今年は12月2~13日に開催されることを知って予定を変更しました。

神戸ルミナリエは、平成7年(1995年)から阪神淡路大震災で犠牲になった方々の慰霊と震災に遭った神戸の方々の激励を目的に開始された光の祭典です。元町駅から仲町通りを東に一方通行に進んで東遊園地公園に至るルートが教会の聖堂内部をイメージした美しい電飾で彩られていました。

12月4日

元町駅・発 → 大丸神戸店・三宮神社・旧居留地38番館・南京町・海岸ビル・商船三井ビル・チャータードビル・海軍操練所跡・市立博物館・旧居留地15番館(旧居留地エリア) → 東遊園地公園(ルミナリエ会場の下見) → 生田神社 → 一宮神社・神戸バプテスト教会・旧パナマ領事館・パラスティン邸・英国館・洋館長屋・ベンの家・神戸北野美術館・旧サッスーン邸・プラトン装飾美術館・旧中国領事館・北野外国人倶楽部・山手八番館・うろこの家・本家オランダ館・デンマーク館・北野天満神社・風見鶏の館・萌黄の館・ジャイナ教寺院(異人館エリア) → シュウエケ邸・東天閣・神戸ムスリムモスク・神戸栄光教会・兵庫県公館・相楽園・四宮神社・花隈公園(山手エリア) → みなと元町駅・海岸ビルヂング・メリケンパーク → 東遊園地公園(ルミナリエ観光) → 三ノ宮駅・着

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写真は、東遊園地公園に向かう仲町通りの様子です。教会の入口から聖壇へと向かう身廊を歩いているような印象でした。

メイン会場である東遊園地公園は教会の内陣のような電飾になっていて、聖壇部にある小さなドーム状の屋根の下には継続開催を呼びかける募金用の小さな鈴が7つ飾られていました。ドームの中には入ることが出来ないので、観光客はドームの外から鈴を狙ってコインを投げる形で募金をしていました。コインが当たってチリンと音がすると幸せな気分?になれます。

東遊園地公園には阪神淡路大震災の「慰霊と復興のモニュメント」があって、その中には阪神淡路大震災で亡くなられた方々全員の名前が刻まれていました。阪神淡路大震災を忘れないためにも神妙かつ美しいこの光の祭典が永遠に続くことを祈念いたします。

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2010年4月29日 (木)

兵庫・岡山旅行記

ヨッシーです。いよいよ今年最大の大型連休・GWが始まりました。今年のカレンダーは夏期休暇(お盆)が短く、シルバーウィークもないので、GWが今年最長の休暇になります。

当初は、今話題の奈良をじっくりと巡る予定でしたが、平城遷都1300年に当たる今年は混雑が予想されたため、急遽中国地方に行き先を変更しました。本格的に中国地方を巡るのは、石見銀山(2008.4.26訪問)以来2年ぶりで、山陽方面は学生の頃以来15年ぶりとなります。

1日目の目的地は、岡山県高梁市にある備中松山城です。備中松山城は、江戸時代の天守閣が現存する12城の一つであり、ヨッシーがまだ訪問できていなかった最後の一城です。

4月29日

自宅 →(塩尻IC~佐用IC)→ 金倉橋(佐用) → 武蔵の里・長福寺(美作) → 本山寺(美咲) → 誕生寺(久米南) → 徳守神社・泰安寺・本源寺・鶴山八幡宮・美作総社宮・中山神社・津山高等学校・鶴山公園・国分寺(津山) →(津山IC~久世IC)→ 旧遷喬尋常小学校(真庭) →(落合IC~有漢IC)→ 臍帯寺・備中松山城・武家屋敷・頼久寺・郷土資料館・高梁基督教会堂・紺屋川美観地区・商家資料館・定林寺・威徳寺・山中鹿介胴墓・源樹寺(高梁) → 妙本寺・吉川八幡宮(吉備中央) →(賀陽IC~庄原IC)→ 庄原・泊

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写真は、備中松山城の二の丸から眺めた本丸と天守閣です。天守閣は、天和3年(1683年)に当時の城主・水谷勝宗が築いたもので、国の重要文化財に指定されています。

備中松山城は、江戸時代に建てられた天守閣を持つ城である他に、日本一高い場所(標高430m)に建つ天守閣を持つ城でもあり、日本三大山城の一つに数えられています。この城への登城路は非常に狭くて駐車スペースも少ないためマイカーの乗り入れが禁止されていて、その代わり麓から山の中腹までマイクロバスが運行しています。

バスを降りてからは、天守閣まで約30分間の軽登山となります。とても登城路とは思えないような山道を登り続けると、突然目の前に三の丸の巨大な石垣が現れます。三の丸からはこれまでの山道が嘘のような広いスペース(二の丸、本丸)が天守閣まで連なっています。はるか山の頂に造られた中世の軍事要塞は、当に空に浮かぶ空中庭園のようでした。

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2010年3月20日 (土)

兵庫旅行記 vol.3

ヨッシーです。今日からいよいよ三連休です。3月も末ですが信州以北はまだ雪が降っているので、今回も暖かい南国を旅することにしました。今回の目的地は、東四国(高知東部、徳島、香川)です。

会社から三連休+2日の休みをいただいて久しぶりの長期旅行に出発しました。しかし、途中の大阪で事故渋滞にはまって大きく時間をロスしたため、初日は四国入りを断念して淡路島散策に切り替えました。天気は良かったのですが、カメラを持つ手がふらつく程の強風に一日中悩まされました。

3月20日

自宅 →(塩尻IC~東浦IC)→ 伊勢久留麻神社(淡路) →(東浦IC~津名一宮IC)→ 静の里・伊弉諾神宮(淡路) → 高田屋嘉兵衛公園・洲本城跡・洲本八幡神社・江国寺(洲本) → 大和大国魂神社・自凝島神社・国分寺・亀岡八幡宮(南あわじ) → 南あわじ・泊

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写真は、自凝島神社の大鳥居です。高さ21.7m、幅31.2mあり大いに存在感を示していました。

自凝島神社は、「おのころ島」神社と呼びます。自凝島は、古事記・日本書紀の中で原初の神・伊弉諾命と伊弉冉命が日本を創るために最初に降り立った場所であると言われています。そのことから、当地は日本(の国土)発祥の地とされています。

自凝島神社の祭神は伊弉諾・伊弉冉両命ですが、社殿の千木が女造り(内宮)であるため主祭神は伊弉冉命と考えられます。国を「生む」のは女性の役目であることと、島内には別に伊弉諾命を祀る伊弉諾神宮(外宮)があることからも明確です。

摂社には伊弉諾・伊弉冉両命が生んだ八百万の神々を祀る八百萬神社もあって、当に西の伊勢神宮(2009.3.30訪問)と呼ぶに相応しいパワースポットでした。

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2009年1月 2日 (金)

兵庫旅行記 vol.2

ヨッシーです。正月二日目は、忠臣蔵のふるさと「赤穂」に行ってきました。大石内蔵助の墓がある泉岳寺(2008年5月22日訪問)と隠棲地・京都府山科区(2008年2月9日訪問)には訪問したことがありましたが、赤穂市へは初めての訪問です。また、隣のたつの市は、赤穂城の受け取り役を務めた脇坂氏の城下町です。

1月2日

栗東・発 →(栗東IC~赤穂IC)→ 赤穂城跡・大石神社・花岳寺(赤穂) →(赤穂IC~龍野IC)→ 龍野城跡・龍野公園・小宅寺(たつの) → 斑鳩寺(太子) →(龍野IC~栗東IC)→ 栗東・泊

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写真は、龍野公園内にある野見宿禰神社の御神体・野見宿禰陵墓です。神社とは言っても、野見宿禰神社はこの陵墓以外に建造物はなく、管理は山下にある龍野神社が行っています。

野見宿禰は出雲国の力士であり、垂仁天皇に呼ばれて大和国の力士である当麻蹴速と御前相撲を取りました。これが日本の国技・相撲の始まりであると言われています。宿禰は土器作りに長けており、埴輪を創出して天皇より土師姓を賜りました。土師氏は、その後代々天皇家の葬儀を司る役目を担いました。

宿禰は晩年出雲国に戻る道中、当地にて病没しました。宿禰の死を惜しんだ出雲の人たちは、当地に集まって手渡しで川石を山上まで運び上げて玉垣(陵墓)を築きました。この野原に人が連なって立つ姿が「立野」という地名となり、現在の市名の由来になっています。

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2008年8月28日 (木)

兵庫旅行記

ヨッシーです。出張で兵庫県伊丹市にやってきました。待ち合わせ時間よりも早く現地に到着したので、伊丹駅付近を散策しました。すぐ近くには大阪国際空港(伊丹空港)があって、予想以上の騒音に空港近辺にお住まいの方々の心労が思いやられました。

8月28日

有岡城跡 → 本泉寺 → 荒村寺

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写真は、本泉寺の境内で発見した楠木正成と一族の墓です。中央が正成(大楠公)、右が正行(正成の子:小楠公)、左が正貞(正成の従兄弟)の墓です。

なぜ伊丹市に楠木正成の墓が存在するのか、案内板にも説明がなく全く分かりませんでした。しかし、正成と正行は太平記(南北朝の争乱)の英雄なので、色々なところで崇め祀られても不思議ではありません。そうなると、正貞の墓に何らかの由縁が隠されていると考えられます。

正成と正行が足利尊氏によって討たれた後に楠氏を継いだのは、正貞の子・正資(正右)でした。このことから、ヨッシーは正資もしくはその子孫が自らの直系の先祖である正貞および楠氏の英雄・正成、正行父子を祀ったのではないかと考えています。

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2008年4月27日 (日)

島根・鳥取・兵庫旅行記

ヨッシーです。旅行最終日の今日は、松江から海沿いを東に走ってみました。このコースは高速道路がないため車での移動時間が長くなりましたが、天気が良かったので景色は最高でした。

4月27日

松江・発 → 八重垣神社・神魂神社(松江) →(東出雲IC~米子西IC)→ 倉吉白壁土蔵群(倉吉) → 浦富海岸(岩美) → 余部鉄橋・余部駅(香美) → やぶ温泉(養父) →(和田山IC~栗東IC)→ 栗東・着

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写真は、再来年いっぱいで廃止・解体が決まっている余部鉄橋です。地上からの高さは41m、長さは309mあって、建設当時(明治45年、1912年)は東洋一、現在でも日本一の規模を誇ります。

昭和61年12月の強風による列車転落事故によって、このサーカスの綱渡りのような鉄橋の安全性が問題視され、以降強風時は運行を見合わせることで対応していました。しかし、平成23年(2011年)に安全なコンクリート製の橋に架け替えられることになり、役目を終えることになりました。

文明開化以降、急速に進む近代化の流れの中で建設された代表的な遺構が失われるのは残念でなりません。出来ることならば重要文化財(近代化産業遺産)の指定を受けて維持保存を図ってほしいところですが、この橋下には多くの民家があって、橋の老朽化によって落下物が発生する危険性があることから仕方ありません。せめてもの思いでこの鉄橋の雄姿をカメラに納めました。

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