2009年9月30日 (水)

山形旅行記 vol.2

ヨッシーです。昨日、出張で山形にやってきました。今日は朝から信州に移動するため、早起きして電車の出発時間まで山形を散策することにしました。山形駅前は、昨年の夏期休暇(2008.8.13)に調査済みなので、今回は南隣の上山市(かみのやま温泉駅前)を歩いてみました。

上山市は、上山藩(上山城)の城下町であり、また上山温泉街、映画「おくりびと」のロケ地としての顔も持つ変化に富んだ見応えのある町でした。

9月30日

三島神社・月岡神社・月岡公園・古峯神社 → 称念寺・愛宕神社・観音寺 → 鶴の休石 → 寿仙寺・浄光寺 → 上山藩武家屋敷 → 春雨庵 → 栗川稲荷神社 → 石崎神社・西光寺 → 上山八幡神社・コンチェルト館・黄金山神社

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写真は、上山温泉発祥の地・鶴の休石です。上山温泉は、旅の僧・月秀が足に怪我を負った鶴が湯に浸かって傷を癒す様子を見て発見したと伝えられています。そして、その鶴が足を休めていた石が「鶴の休石」と呼ばれています。

上山市街には、この鶴の休石の他に4箇所(計5箇所)の足湯が整備されています。ヨッシーも散策の途中、この足湯に手を浸して束の間の温泉気分を味わいました。

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2009年9月20日 (日)

新潟・山形・秋田旅行記

ヨッシーです。いよいよ待望のシルバーウィーク到来です。これからはどんどんと寒くなってきますので、雪が降るまでに少しでも多く北方を廻っておきたいと思います。そんな訳で、今回の連休は北東北を旅することに決定しました。昨年の夏期休暇(2008.816)以来一年ぶりの訪問になります。

今回は、新潟県から日本海側を北上して最上川から内陸方面に入るコースを走りました。昨年は史跡巡り中心の旅でしたが、今年は自然景観中心の旅になりました。

9月20日

自宅 →(塩尻北IC~聖籠新発田IC)→ 託明寺・福勝寺(新発田) → 笹川流れ(村上) → 最上峡(戸沢) → 角館(仙北) → 川口温泉(大仙) → 大仙・泊

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写真は、新潟県北部にある国の名勝・笹川流れです。全長11kmに及ぶ海岸線は奇岩と断崖が連続していて、その間を流れる潮流と断崖にぶつかって沖に戻される波が重なり合うことで複雑な流れを形成しています。

笹川流れの海岸線には、現在国道345号線と羽越本線が並行して走っているため、それぞれの車窓からも雄大な景観を鑑賞することができます。しかし、古来ここは難所であったため道もなく、熟練の船頭によって笹川流れの沖合いを舟で航行していました。奥州を目指して移動していた源義経も舟に乗って当地を通行したものと思われ、海岸線の奇岩には義経に因んだ名前の岩が多く残されていました。

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2009年8月10日 (月)

山形旅行記

ヨッシーです。今日は午後から天童で仕事なので、午前中は山形方面に移動しながら道中の史跡を巡りました。天童は、織田信長の次男・信雄を藩祖とする天童藩の城下町であり、天童公園(天童城跡)で毎年開催される天童桜まつりのメインイベント・人間将棋が有名です。

8月10日

新庄・発 → 鳥越八幡神社(新庄) → 亀割子安観音・山神社・瀬見温泉駅・瀬見温泉・封人の家(最上) → 若松寺・天童公園・妙法寺・佛向寺・三寶寺(天童) → 旧松應寺(山形) → 山形・着

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写真は、最上川の支流・小国川の河原に湧き出る瀬見温泉の源泉・薬研湯です。薬研湯は、源義経の家臣・弁慶が瀬見温泉を発見した場所であると言われています。

平泉を目指して最上川を遡っていた源義経一行は、義経の正室・北の方が産気づいたため一時当地に滞在し、男児・亀若丸を出産しました。その際に産湯を求めて川に下りた弁慶が岩間から立ち上る湯気を発見して自らの薙刀・蝉丸を突き立てて掘り当てた温泉が瀬見温泉です。瀬見温泉の名前は、この弁慶の薙刀の名前に由来します。

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2009年8月 9日 (日)

秋田・山形旅行記

ヨッシーです。2日目は、秋田北部の大館から男鹿半島方面を走ってみました。こちらも昨年の東北旅行(2008.8.15)のコースから外れたエリアだったので、新鮮な気持ちで散策することが出来ました。

8月9日

大館・発 → 小坂中央公園(小坂) → 北鹿ハリストス正教会・桂城公園・大館駅(大館) → 入道崎・赤神神社(男鹿) → 神明社(潟上) → 天徳寺(秋田) →(秋田中央IC~大曲IC)→ 古四王神社(大仙) → 金沢公園・平安の風わたる公園(横手) → 戸沢温泉(戸沢) → 新庄・泊

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写真は、大館駅前に立っていた忠犬ハチ公の像です。忠犬ハチ公と言えば渋谷駅という印象でしたが、まさか遠く離れた大館でもお目にかかれるとは思ってもみませんでした。

忠犬ハチ公像の後ろには、2匹の親犬と3匹の子犬からなる秋田犬の像がありました。なるほど、そう言えばハチも確か秋田犬なので秋田犬の英雄像として立てられたのかと思いながら案内板を読んでみると、何とハチはここ大館生まれだったことが分かりました。

像の背面には次のような記録がありました。「大正12年11月 大館市大子内 斎藤義一宅で 父 大子内山号 母 胡麻号 の間に生まれる 昭和10年3月8日没」

忠犬ハチ公の像が立てられているのは、渋谷と大館だけということで、ハリウッド映画「HACHI約束の犬」の話題もあって多くの人が訪れていました。

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2009年8月 8日 (土)

山形・秋田旅行記 vol.2

ヨッシーです。来週の月曜日から山形で仕事なので、一足早く山形入りしてレンタカーで東北地方を散策することにしました。今日は、昨年の東北旅行(2008.8.13)のコースから外れた新庄、横手方面を走ってみました。

8月8日

新庄・発 → 最上公園・桂嶽寺・瑞雲院・旧矢作家住宅(新庄) → 小町堂・中央公園・清涼寺(湯沢) → 三輪須賀神社(羽後) → 正平寺・旧日新館・横手公園・横手駅前温泉(横手) →(横手IC~十和田IC)→ 大館・泊

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写真は、瑞雲院の境内にある新庄藩主・戸沢家墓所です。小高い土塁に囲まれた霊域には6棟の御霊屋が建てられており、それぞれの御霊屋には二代藩主・正誠を除く10人の藩主の墓石が納められています。

6棟の御霊屋の中で一番早くに建てられた一号棟(写真一番手前)から一番最後に建てられた六号棟(写真右の一番奥)の建立までには約100年(1704~1798年)が経過しており、その建築技法や装飾から江戸中期の技術の進歩や藩の経済情勢の変遷を知ることができます。

因みに二代藩主・正誠の墓石は、桂嶽寺に建てられた唯一の御霊屋に納められています。正誠は、新庄藩の歴代藩主の中で最も多くの功績を残した名君でしたが、御霊屋は決して派手ではなく、むしろ正誠の後を継いだ三代・正庸の御霊屋(瑞雲院二号棟)の方が遥かに立派でした。桂嶽寺は、早世した息子・政武を弔うために正誠が造営した寺院でしたが、彼だけが藩主の墓所ではなく愛息の隣に葬られていることからも、正誠は愛情深い人物であったことが想像されます。

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2008年8月14日 (木)

山形・秋田旅行記

ヨッシーです。2日目は、いよいよ未踏の地・秋田県に入りました。午前中は大雨に見舞われたものの、午後には青空も覗いて蒸し暑い一日でした。

道端にパラソルを立ててアイスクリームを売っているおばさんを多数見かけました。懐かしい昭和の光景が思い出されました。

8月14日

西川・発 →(湯殿山自動車道)→ 湯殿山神社本宮・正善院(鶴岡) →(羽黒山有料道路)→ 出羽三山神社・鶴岡天満宮・本住寺・致道博物館・鶴岡公園・丙申堂・鶴岡カトリック教会・致道館(鶴岡) →(鶴岡IC~酒田IC)→ 本間家旧本邸・旧鐙屋・山居倉庫・海向寺・日和山公園・相馬楼(酒田) → 大物忌神社蕨岡口の宮・大物忌神社吹浦口の宮(遊佐) → 蚶満寺(にかほ) → 赤レンガ郷土館・千秋公園・闐信寺・正洞院跡・白馬寺・天徳寺(秋田) →(秋田中央IC~協和IC)→ 唐松神社(大仙) → 田沢湖温泉(仙北) → 仙北・泊

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写真は、山形県で唯一の国宝建造物・出羽三山神社の五重塔です。

出羽三山とは、月山、羽黒山、湯殿山の総称で、古来より自然崇拝(山岳信仰)の対象とされてきました。そこに、推古元年(593年)蜂子皇子が入山されたのを契機に古神道(修験道)にへと発展し、神仏習合の山として栄えました。しかし、明治の神仏分離によって寺院は排除されて、現在は神社だけとなっています。

この五重塔は、その仏教文化の名残りであり、承平年間(940年頃)に平将門が寄進したものであると言われています。山里にある正善院の重要文化財・黄金堂も当時の仏教文化を伝える貴重な仏教建造物です。生憎の雨で五重塔には霧がかかってしまいましたが、そこが返って悠久の森に同化した幻想的な景色となって写真に収めることができました。

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2008年8月13日 (水)

新潟・山形旅行記

ヨッシーです。今日から長期の5連休なので、今回は思い切ってヨッシーがまだ訪問したことのない秋田、青森まで遠征することにしました。

道中、ヨッシーの父方の菩提寺・託明寺に墓参して旅の安全を祈願しました。

8月13日

自宅 →(塩尻北IC~聖籠新発田IC)→ 新発田城址公園・福勝寺・託明寺・宝光寺・清水園(新発田) → 乙宝寺(胎内) → 東陽寺(川西) → 法音寺・林泉寺・山形大学工学部・照陽寺・松が岬公園・善光寺・千眼寺(米沢) → 大聖寺(高畠) → 熊野神社・珍蔵寺(南陽) → 月岡公園(上山) → 光禅寺・教育資料館・文翔館・霞城公園(山形) →(山形中央IC~寒河江IC)→ 慈恩寺(寒河江) → 岩根沢三山神社・本道寺・水沢温泉(西川) → 西川・泊

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写真は、松が岬公園(米沢城跡:上杉神社)の中に立つ上杉鷹山の像です。鷹山は、ヨッシーが最も尊敬する歴史上の人物です。

上杉鷹山は、上杉謙信を初代とする名門・上杉家の10代目にして米沢藩9代目の藩主であり、崩壊寸前の藩財政を立て直したことで名高い人物です。江戸時代には、財政再建を成し遂げた人物が何人か知られていますが、鷹山の財政再建策の凄さは人心の改革を基本としているところにあります。そして、その哲学の根源には上杉家の伝統である「正義」があります。

鷹山が家臣に示した和歌、「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり」(どんな事もやれば出来るが、やらねば何も始まらない。出来ないのは、やるべき事をまだやり遂げていないからである。)は鷹山の人生哲学を最もよく表した言葉であり、ヨッシーも人生の座右の銘とさせていただいています。

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