2009年9月23日 (水)

秋田・岩手・宮城旅行記

ヨッシーです。シルバーウィークの最終日は、十和田湖畔から平泉、蔵王を経由して一気に信州まで走りました。今日一日の走行距離は、850km。これまでの旅行での最長移動記録になりました。

9月23日

小坂・発 → 発荷峠展望台(小坂) → 大湯環状列石(鹿角) →(鹿角八幡平IC~平泉前沢IC)→ 中尊寺・高館義経堂(平泉) →(平泉前沢IC~村田IC・蔵王エコーライン)→ 蔵王(七ヶ宿) →(荒川胎内IC~塩尻北IC)→ 自宅

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写真は、源義経終焉の地・高館義経堂です。かつて、この地には義経の居館・高館がありました。

義経は、源頼朝の脅しに屈した藤原泰衡の軍勢に襲われて、衆寡敵せずこの館に火を放って自害したと言われています。その後、当地には義経主従を弔うため毛越寺によって義経堂が建立されました。

以上が義経の最期とされている定説ですが、実はここで死んだのは影武者・杉目太郎行信であり、義経は襲われる前年に平泉を脱出して北へ向かったという伝説があります。昨日、訪問した義経寺(2009.9.22)もその伝説を裏付ける史跡の一つですが、興味深いのはこの説を支持する案内板が当地にも立てられ、義経北行コースの出発点と案内されていた点です。義経最期の地が義経の生存を伝えている現実に、生存説の信憑性の高さを感じました。

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2009年9月22日 (火)

青森・秋田旅行記

ヨッシーです。シルバーウィークの三日目は、津軽半島から八甲田山を越えて十和田湖畔に到着しました。午前中に遭遇した激しい通り雨も午後には上がって、雲が多いながらもほとんど支障なく旅を続けることが出来ました。

9月22日

大鰐・発 → 大円寺(大鰐) →(大鰐弘前IC~浪岡IC)→ 太宰治記念館・雲祥寺・十三湖(五所川原) → 津軽の像記念館・青岩・眺瞰台(中泊) → 龍飛崎・義経寺(外ヶ浜) → 奥入瀬渓流・瞰湖台・十和田神社(十和田) → 十和田湖畔温泉(小坂) → 小坂・泊

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写真は、義経寺の中心に建てられた観音堂です。寺院であるため観音堂と呼ばれていますが、建物の配置は神社形式(手前に狛犬、写真の拝殿裏に本殿を置く形式)になっていました。すなわち、この形式からすると本尊である観音像は本殿の方にお祀りしていると考えられるため、正確には写真の建物の裏にある本殿こそが実際の観音堂となります。

観音堂に納められている観音像は、義経寺を開いた円空が彫った仏像(円空仏)であると言われています。この円空仏の体内には円空が当地で発見した別の仏像が納められており、その仏像は源義経が北海道に渡る際に海を鎮めるために彫ったものであると伝えられています。この仏像は秘仏であるため真偽の程は分かりませんが、この伝説が義経寺の名前の由来となっています。

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2009年9月21日 (月)

秋田・青森旅行記 vol.2

ヨッシーです。シルバーウィークの二日目は、秋田市から再び日本海沿岸を北上し、白神山地の北側を通って弘前に入りました。日程の都合上、世界遺産の白神山地には入れませんでしたが、西端の十二湖から白神山地の一角・日本キャニオンを望みました。

9月21日

大仙・発 → 浮木神社・御座石神社(仙北) → 払田柵跡(大仙) →(大曲IC~秋田中央IC)→ 千秋公園(秋田) →(秋田中央IC~能代南IC)→ 須郷岬(八峰) → 日本キャニオン・十二湖・円覚寺・千畳敷(深浦) → 岩木山・弘前公園(弘前) → 大鰐温泉(大鰐) → 大鰐・泊

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写真は、白神山地の西端に位置する景勝地・日本キャニオンです。十二湖の一つ・八景の池から約500m程山を登った所にある展望所からの眺望です。

日本キャニオンは、太古の昔に形成された氷河の浸食と崩壊により形成されたものと考えられ、迫力ある巨大な岩肌がアメリカのグランドキャニオンを思わせることから命名されました。白く見える岩肌は全て凝灰岩で出来ていて、この山一帯が凝灰岩で形成されていることが分かります(ヨッシーが立っていた展望所の足元も白い凝灰岩でした)。

当地は、白神山地の一角ながら世界遺産の指定地域に入っていません。それは、白神山地が「人手の加えられていない貴重なブナの原生林」として世界遺産の指定を受けたものであって、景観は関係なかったためです。そのため、海上からも望むことが出来る巨大な白い岩壁と麓に点在する湖沼群(十二湖)に津軽富士と呼ばれる岩木山を加えた美しい景観は別途、津軽国定公園として維持管理されています。

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2009年9月20日 (日)

新潟・山形・秋田旅行記

ヨッシーです。いよいよ待望のシルバーウィーク到来です。これからはどんどんと寒くなってきますので、雪が降るまでに少しでも多く北方を廻っておきたいと思います。そんな訳で、今回の連休は北東北を旅することに決定しました。昨年の夏期休暇(2008.816)以来一年ぶりの訪問になります。

今回は、新潟県から日本海側を北上して最上川から内陸方面に入るコースを走りました。昨年は史跡巡り中心の旅でしたが、今年は自然景観中心の旅になりました。

9月20日

自宅 →(塩尻北IC~聖籠新発田IC)→ 託明寺・福勝寺(新発田) → 笹川流れ(村上) → 最上峡(戸沢) → 角館(仙北) → 川口温泉(大仙) → 大仙・泊

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写真は、新潟県北部にある国の名勝・笹川流れです。全長11kmに及ぶ海岸線は奇岩と断崖が連続していて、その間を流れる潮流と断崖にぶつかって沖に戻される波が重なり合うことで複雑な流れを形成しています。

笹川流れの海岸線には、現在国道345号線と羽越本線が並行して走っているため、それぞれの車窓からも雄大な景観を鑑賞することができます。しかし、古来ここは難所であったため道もなく、熟練の船頭によって笹川流れの沖合いを舟で航行していました。奥州を目指して移動していた源義経も舟に乗って当地を通行したものと思われ、海岸線の奇岩には義経に因んだ名前の岩が多く残されていました。

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2009年8月 9日 (日)

秋田・山形旅行記

ヨッシーです。2日目は、秋田北部の大館から男鹿半島方面を走ってみました。こちらも昨年の東北旅行(2008.8.15)のコースから外れたエリアだったので、新鮮な気持ちで散策することが出来ました。

8月9日

大館・発 → 小坂中央公園(小坂) → 北鹿ハリストス正教会・桂城公園・大館駅(大館) → 入道崎・赤神神社(男鹿) → 神明社(潟上) → 天徳寺(秋田) →(秋田中央IC~大曲IC)→ 古四王神社(大仙) → 金沢公園・平安の風わたる公園(横手) → 戸沢温泉(戸沢) → 新庄・泊

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写真は、大館駅前に立っていた忠犬ハチ公の像です。忠犬ハチ公と言えば渋谷駅という印象でしたが、まさか遠く離れた大館でもお目にかかれるとは思ってもみませんでした。

忠犬ハチ公像の後ろには、2匹の親犬と3匹の子犬からなる秋田犬の像がありました。なるほど、そう言えばハチも確か秋田犬なので秋田犬の英雄像として立てられたのかと思いながら案内板を読んでみると、何とハチはここ大館生まれだったことが分かりました。

像の背面には次のような記録がありました。「大正12年11月 大館市大子内 斎藤義一宅で 父 大子内山号 母 胡麻号 の間に生まれる 昭和10年3月8日没」

忠犬ハチ公の像が立てられているのは、渋谷と大館だけということで、ハリウッド映画「HACHI約束の犬」の話題もあって多くの人が訪れていました。

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2009年8月 8日 (土)

山形・秋田旅行記 vol.2

ヨッシーです。来週の月曜日から山形で仕事なので、一足早く山形入りしてレンタカーで東北地方を散策することにしました。今日は、昨年の東北旅行(2008.8.13)のコースから外れた新庄、横手方面を走ってみました。

8月8日

新庄・発 → 最上公園・桂嶽寺・瑞雲院・旧矢作家住宅(新庄) → 小町堂・中央公園・清涼寺(湯沢) → 三輪須賀神社(羽後) → 正平寺・旧日新館・横手公園・横手駅前温泉(横手) →(横手IC~十和田IC)→ 大館・泊

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写真は、瑞雲院の境内にある新庄藩主・戸沢家墓所です。小高い土塁に囲まれた霊域には6棟の御霊屋が建てられており、それぞれの御霊屋には二代藩主・正誠を除く10人の藩主の墓石が納められています。

6棟の御霊屋の中で一番早くに建てられた一号棟(写真一番手前)から一番最後に建てられた六号棟(写真右の一番奥)の建立までには約100年(1704~1798年)が経過しており、その建築技法や装飾から江戸中期の技術の進歩や藩の経済情勢の変遷を知ることができます。

因みに二代藩主・正誠の墓石は、桂嶽寺に建てられた唯一の御霊屋に納められています。正誠は、新庄藩の歴代藩主の中で最も多くの功績を残した名君でしたが、御霊屋は決して派手ではなく、むしろ正誠の後を継いだ三代・正庸の御霊屋(瑞雲院二号棟)の方が遥かに立派でした。桂嶽寺は、早世した息子・政武を弔うために正誠が造営した寺院でしたが、彼だけが藩主の墓所ではなく愛息の隣に葬られていることからも、正誠は愛情深い人物であったことが想像されます。

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2009年6月14日 (日)

秋田旅行記

ヨッシーです。15:30に予定どおり新潟港に到着して、北陸自動車道から上信越自動車道、長野自動車道を走って無事信州に帰還しました。帰って来てみるとあっという間の9日間でしたが、これまでの旅とは比較にならない位思い出多い内容の深い旅になりました。日本の会社ではこれだけ長期の休暇をいただくことはなかなか出来ませんが、本物のリフレッシュ(気分転換)にはアメリカのバカンス同様、最低これ位の期間の休みは必要であると感じました。

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写真は、本日の早朝7:30に立ち寄った秋田港の様子です。中央に流れる秋田運河を挟んで手前(左側)にあるのが新日本海フェリーの秋田港ターミナルで、奥(右側)にある背の高い建物が秋田港のシンボル・セリオンです。平成6年(1994年)に完成した地上100mのポートタワーで、秋田市の人気観光スポットになっています。

今日は朝から一日快晴で、この天気の下で北海道を走れなかったのが少々残念でした。それでも、長期休暇を目一杯旅行に充てたので、明日からは早速仕事です。体調を考えて今日は朝からずっと新潟港に到着するまで船中で休息して、また新潟港からも寄り道せずに真っ直ぐ信州に帰って来ました。最善は尽くしたものの明日の体調はやっぱり心配です。

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2008年8月15日 (金)

秋田・青森旅行記

ヨッシーです。3日目は、秋田県からもう一つのヨッシー未踏の地・青森県に入りました。津軽藩の城下町・弘前をじっくりと散策することができました。

8月15日

仙北・発 → 天寧寺・龍泉寺・西宮家・安藤商店・坂本家・報身寺・松本家・石黒家・青柳家・岩橋家・古泉洞・河原田家・小田野家・浮木神社・御座石神社・姫観音・辰子観音(仙北) → 大湯環状列石・発荷峠(鹿角) → 十和田神社・奥入瀬渓流(十和田) → 弘前八幡宮・熊野奥照神社・東照宮・カトリック弘前教会・弘前昇天教会・最勝院・青森銀行記念館・弘前市立観光館・弘前公園・革秀寺・誓願寺・長勝寺・報恩寺・高照神社・岩木山神社(弘前) → 大鰐温泉(大鰐) →(大鰐弘前IC~青森IC)→ 青森・泊

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写真は、田沢湖畔に立つ辰子姫の像です。辰子は、田沢湖畔に住む美貌の姫でしたが、その美しさゆえに歳をとることを恐れて観音様に願って田沢湖の主・龍神になったと言われています。

田沢湖は、日本一深い湖(水深423.4m)として知られており、その特異的な環境からクニマスなど田沢湖にしか生息しない固有種が多数存在する生物学的にも貴重な湖でした。しかし、開発の名の下に強酸性(pH1.1)である玉川温泉の水を田沢湖に流入させたことで湖水は酸性化し、クニマスをはじめ全ての魚類が絶滅してしまいました。クニマス(キノシリマス)は、龍神になった辰子を想う母親が湖に投げ込んだ松明が化身したもの(木の尻鱒)と言われていたことから、その慰霊のため複数の辰子像が湖岸に立てられました。

今日は送り盆ということで、夕方から夜にかけて玄関前で小さく火を焚く家が多数見られました。街路灯のない道の両側に家々で起こした小さな明かりがずっと続く光景がとても幻想的でした。

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2008年8月14日 (木)

山形・秋田旅行記

ヨッシーです。2日目は、いよいよ未踏の地・秋田県に入りました。午前中は大雨に見舞われたものの、午後には青空も覗いて蒸し暑い一日でした。

道端にパラソルを立ててアイスクリームを売っているおばさんを多数見かけました。懐かしい昭和の光景が思い出されました。

8月14日

西川・発 →(湯殿山自動車道)→ 湯殿山神社本宮・正善院(鶴岡) →(羽黒山有料道路)→ 出羽三山神社・鶴岡天満宮・本住寺・致道博物館・鶴岡公園・丙申堂・鶴岡カトリック教会・致道館(鶴岡) →(鶴岡IC~酒田IC)→ 本間家旧本邸・旧鐙屋・山居倉庫・海向寺・日和山公園・相馬楼(酒田) → 大物忌神社蕨岡口の宮・大物忌神社吹浦口の宮(遊佐) → 蚶満寺(にかほ) → 赤レンガ郷土館・千秋公園・闐信寺・正洞院跡・白馬寺・天徳寺(秋田) →(秋田中央IC~協和IC)→ 唐松神社(大仙) → 田沢湖温泉(仙北) → 仙北・泊

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写真は、山形県で唯一の国宝建造物・出羽三山神社の五重塔です。

出羽三山とは、月山、羽黒山、湯殿山の総称で、古来より自然崇拝(山岳信仰)の対象とされてきました。そこに、推古元年(593年)蜂子皇子が入山されたのを契機に古神道(修験道)にへと発展し、神仏習合の山として栄えました。しかし、明治の神仏分離によって寺院は排除されて、現在は神社だけとなっています。

この五重塔は、その仏教文化の名残りであり、承平年間(940年頃)に平将門が寄進したものであると言われています。山里にある正善院の重要文化財・黄金堂も当時の仏教文化を伝える貴重な仏教建造物です。生憎の雨で五重塔には霧がかかってしまいましたが、そこが返って悠久の森に同化した幻想的な景色となって写真に収めることができました。

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