2010年10月11日 (月)

奈良旅行記 vol.9

ヨッシーです。奈良旅行の最終日は、県西部の史跡を巡りました。橿原から大和高田、葛城に至る地域には、飛鳥・藤原宮と難波宮(大阪)を繋ぐ街道(横大路、長尾街道、竹内街道)が走っていて、大化の改新以降、最も人の移動が盛んな場所でした。

横大路沿線で最も発展した集落では今井町(橿原市)が有名です。当地は戦略的に重要な場所であったためしばしば外部勢力の侵攻に遭っており、その対策として自ら町の周囲に堀を廻らせた自衛都市として発展しました。

10月11日

葛城・発 → 當麻寺・相撲館けはや座・博西神社・柿本神社(葛城) → 不動院・常光寺(大和高田) → 今井まちなみ交流センター・高木家住宅・河合家住宅・西光寺・蓮妙寺・旧米谷家住宅・音村家住宅・上田家住宅・山尾家住宅・吉村家住宅・順明寺・八幡神社・今西家住宅・春日神社・豊田家住宅・称念寺・中橋家住宅・豊太閤本陣跡・正蓮寺・人麿神社・吉楽寺(橿原) → 百済寺・讃岐神社(広陵) → 富貴寺(川西) → 広瀬神社(河合) →(法隆寺IC~天理IC・亀山IC~塩尻IC)→ 自宅

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写真は、相撲館けはや座の隣にある蹴速塚です。蹴速塚は、相撲の開祖・当麻蹴速のお墓と伝えられています。

当麻蹴速は、大和時代の初期において都で最も怪力を誇った人物であり、当時の垂仁天皇からも一目置かれた日本初の力士です。あまりの強さから近隣には敵う相手がおらず、垂仁天皇は全国に蹴速に敵う力士を求めました。これに名乗りを挙げたのが出雲国(島根県)の野見宿禰であり、垂仁天皇7年7月7日に大兵主神社(2010.10.9訪問)の境内にて日本初の天覧相撲が行われました。結果は、野見宿禰に敗れて死亡してしまいますが、勝者の野見宿禰とともに相撲の神様として相撲神社(大兵主神社摂社)に祀られています。

もう一人の神様・野見宿禰のお墓は、兵庫県の龍野公園(2009.1.2訪問)にあります。

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2010年10月10日 (日)

奈良旅行記 vol.8

ヨッシーです。奈良旅行の2日目は、県南西部の史跡を巡りました。今日のメインは、明日香の古墳群と橿原神宮です。昭和の大発見と呼ばれる高松塚古墳とキトラ古墳はすぐ近くにあって、この辺りを歩いていると明日香にある丘全てが貴重な古墳のように見えてきました。

10月10日

五條・発 → 維新歴史公園・丹生神社・賀名生の里・栄山寺・御霊神社(五條) → 高鴨神社・安楽寺(御所) → 光雲寺・壷阪寺・宗泉寺(高取) → キトラ古墳・於美阿志神社・高松塚古墳・橘寺・川原寺・伝飛鳥板蓋宮跡・石舞台古墳・岡寺・治田神社(明日香) → 久米寺・橿原神宮・神武天皇陵・藤原宮跡(橿原) → 神の牧温泉(上牧) → 葛城・泊

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写真は、今話題のキトラ古墳壁画が発掘された現場の様子です。石室への入口には古墳の発掘と保護を目的とした施設(キトラ古墳仮設保護覆屋)が建てられていました。

キトラ古墳は、古墳時代末期(飛鳥時代:7世紀後半)に造られた円墳で、古墳文化の集大成と言われる古墳の一つです。ただし、もう一つの壁画古墳である高松塚古墳と比べると規模(古墳の大きさ、石室の広さ、壁画の質量)は小さく、被葬者の身分は高松塚古墳よりも低かったと考えられます。

キトラ古墳の壁画は、昨年5月に一部が飛鳥資料館で公開されましたが、現在は公開されておらず今後の公開の予定も未定とのことでした。昨日(2010.10.9)、飛鳥資料館を訪問しましたが写真パネルの展示のみだったので、再公開の際にはぜひ実物を見に再び訪れたいと思います。

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2010年10月 9日 (土)

奈良旅行記 vol.7

ヨッシーです。今日から今年最後の三連休が始まりました。今回の長期休暇の行き先は、再び奈良に決定しました。今回は、前回(2010.9.20訪問)の続きで西名阪自動車道以南の史跡を散策します。

1日目は、県南東部の史跡を巡りました。吉野と宇陀は2年前(2008.11.2)に訪問済みなので、今回は山の辺の道が通る桜井市を中心に走りました。

10月9日

自宅 →(塩尻IC~亀山IC)→ 都祁水分神社・来迎寺(奈良) → 仏隆寺・沢城跡・徳源寺(宇陀) → 長谷寺・大神神社・狭井神社・大直禰子神社・慶田寺・箸墓古墳・檜原神社・大兵主神社・談山神社・安倍文殊院(桜井) → 山田寺・飛鳥資料館・大原神社・飛鳥坐神社・飛鳥寺(明日香) → 下市温泉(下市) → 五條・泊

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写真は、談山神社の境内に建つ十三重塔です。石造の小さな十三重塔は全国の寺院でよく見かけますが、大きな木造の十三重塔は国内唯一の建造物であり国の重要文化財に指定されています。

談山神社は、大化の改新(乙巳の変)の中心人物の一人である中臣鎌足を祀る神社であり、「談山」の名は当地で中臣鎌足と中大兄皇子が蘇我入鹿暗殺の密談を行ったことに由来します。また、現在は神社になっていますが、明治時代の廃仏毀釈までは鎌足の菩提寺(妙楽寺)であった名残りを十三重塔をはじめとする多くの寺院建築に見ることができます。

談山神社の境内は、神社建築と仏教建築が見事に融合した文化財建造物の宝庫であり、建造物の色彩や装飾も美しいことから「関西の日光」と呼ぶに相応しいお勧めスポットです。

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2010年9月20日 (月)

奈良旅行記 vol.6

ヨッシーです。奈良旅行の最終日は、県中央部を東西に走っている西名阪自動車道沿いの史跡を巡りました。今日のメインは、日本最古の木造建造物・法隆寺と日本最古の道・山の辺の道の散策です。

9月20日

平群・発 → 八幡神社(三郷) → 朝護孫子寺(平群) → 龍田神社・吉田寺・伊弉冊命神社・藤ノ木古墳・法隆寺・中宮寺・法輪寺・法起寺(斑鳩) → 松尾寺・慈光院・小泉神社(大和郡山) → 大宝寺(安堵) → 額安寺・筒井順慶墓(大和郡山) → 正暦寺(奈良) → 和爾下神社・石上神宮・天皇神社・素戔鳴神社・大和神社・柳本公園・長岳寺(天理) →(亀山IC~塩尻IC)→ 自宅

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写真は、法隆寺の西院伽藍の北西にある西円堂です。最初は奈良時代に行基によって建てられましたが、現在の建築は鎌倉時代に再建されたもの(国宝)です。

法隆寺の境内は、主に西院伽藍と東院伽藍に分けられます。西院伽藍には法隆寺の中心建造物である金堂と五重塔があって、これらが日本最古の木造建造物と言われています。一方、東院伽藍は法隆寺を開いた聖徳太子の住居跡で、中心には聖徳太子を祀る夢殿があります。

法隆寺にある正八角形の建築と言えばこの夢殿が有名ですが、西円堂も夢殿と瓜二つの規模・形状をしていて、当に「西の夢殿」と言える建築です。ただ、法隆寺の一般的な拝観ルートが西院伽藍から大宝蔵院(宝物庫)、東院伽藍へと東に進んでしまうため、西円堂を訪れる参拝者が少ないのが残念でした。

奈良は京都と並ぶ日本の古都であり見所がまだまだ沢山残っているので、近い内に再度訪問したいと思います。

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2010年9月19日 (日)

奈良旅行記 vol.5

ヨッシーです。奈良旅行の2日目は、県北西部から中央部に向かって走りました。今日のメインは、奈良の西の大寺・西大寺と県内で唯一櫓が再建されている郡山城跡です。

西大寺は、天平神護元年(765年)に平城京の西方に建てられた東大寺(2008.11.1訪問)と相対する大寺でした。しかし、都が京都(平安京)に移ると衰退してしまい現在の規模となりました。

9月19日

平群・発 → 長屋王墓・吉備内親王墓(平群) → 宝幢寺・竹林寺・円福寺・宝山寺・長福寺・高山八幡宮・長弓寺・円証寺(生駒) → 喜光寺・菅原天満宮・八幡神社・西大寺・添御県坐神社・海龍王寺・法華寺・東院庭園・宇奈多理坐高御魂神社・平城宮跡(奈良) → 大納言塚・永慶寺・郡山城跡公園・柳沢神社・植槻八幡神社・春岳院・良玄禅寺・外堀緑地・薬園八幡神社・源九郎稲荷神社・矢田坐久志玉比古神社・矢田寺(大和郡山) → 大和平群温泉(平群) → 平群・泊

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写真は、阪奈道路(国道308号)沿いに建つ喜光寺の本堂です。かなり大きな建物なので、国道からすぐ目につきます。

喜光寺は、養老5年(721年)に行基によって創建された寺院です。現在の本堂は室町時代(1400年頃)に建立されたもの(国の重要文化財)ですが、最初の本堂は東大寺大仏殿の練習に建てられた「大仏殿の試みの堂」でした。行基は、聖武天皇から仏教の最高位・大僧正に任命されて東大寺の大仏建立を全国に号令した人物ですが、彼が最期を迎えたのも当寺でした。

奈良には有名な寺院が多いため当寺を訪れる観光客は少ないですが、当地は菅原道真の生誕地という説もあって歴史的にとても重要な史跡の一つと言えます。

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2010年9月18日 (土)

奈良旅行記 vol.4

ヨッシーです。9月になっても真夏日続きで、ついに一ヶ月間動かず仕舞いになってしまいました。それでも今週末からは秋の大型連休・SW(シルバーウィーク)なので久しぶりに旅に出ることにしました。

今年のSWは飛び石連休なので、前半の短い三連休は比較的近場の奈良に出かけることにしました。1日目は、2年前(2008.11.1)の続きで奈良市内を中心に県北東部の史跡を巡りました。

9月18日

自宅 →(塩尻IC~亀山IC)→ 歴史民俗資料館・天神社(山添) → 丹生神社・芳徳禅寺・旧柳生藩家老屋敷・柳生八坂神社・旧柳生藩陣屋跡・長尾神社・南明寺・夜支布山口神社・円成寺・八阪神社・般若寺・若草中学校・猿沢池・興福寺・奈良女子大学・蓮長寺・漢国神社・率川神社・伝香寺・安養寺・徳融寺・誕生寺・称念寺・藤岡家住宅・崇道天皇社・十輪院・金躰寺・元興寺・今西家書院・福智院・丸窓梅林・奈良国立博物館・鏡神社・新薬師寺・不退寺・平城宮跡・平城宮温泉(奈良) →(宝来IC~壱分IC)→ 平群・泊

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写真は、奈良公園の猿沢池に浮かべられた鷁首船です。今日はちょうど采女祭りが行われていて、祭りのイベントとして2艘の船(龍頭船と鷁首船)が池の中をゆっくりと周回していました。

采女は奈良時代の天皇に仕えていた女官で、当時も猿沢池では天皇と采女等が同じように舟遊びを楽しんでいたのかもしれません。しかしながら、采女祭りについて調べると、天皇に捨てられてこの池に身を投げた采女の霊を慰める目的で始まった行事であることが分かりました。

慰霊祭というと神妙な儀式をイメージしますが、この祭りのように逆に楽しかった頃の光景を再現して霊の心を和らげようとする考えは、ストレス社会の現代人にも通じる素晴らしい発想であると感じました。

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2010年5月 5日 (水)

奈良旅行記 vol.3

ヨッシーです。GWの最終日は、今話題の奈良にやってきました。今年は平城京遷都1300年ということで、今年に合わせて歴史建造物の修復や再建が完了し、活気に溢れていました。

今日の目的地は、唐招提寺と薬師寺です。両寺へは、1年半ぶりに訪問しましたが、唐招提寺は前回(2008.11.1)、平成の大修理中(2000~2009年)だったので、今回ようやく往時の天平建築を見ることが出来ました。

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写真は、唐招提寺の代表的建造物・金堂です。奈良時代の天平年間(760年代)に建てられた日本最古の天平建築であり、国宝に指定されています。

唐招提寺は、唐(当時の中国)の高僧・鑑真が晩年を過ごした場所であり、鑑真に教えを請いに多くの僧侶が集まって形成された律宗の大道場を起源とします。鑑真の来日に先駆けての宣化天皇3年(538年)に仏教は伝来しましたが、当時はまだ正しく仏教(戒律)を指導できる僧侶が居ませんでした。そこで当時の天皇(聖武天皇)が唐より招いた高僧が鑑真でした。言わば、鑑真は日本における仏教の教師第一号であり、その教育が後に日本仏教を確立する最澄・空海を誕生させたと言えます。

GWはずっと晴天に恵まれましたが、浜風が心地よかった山陽地方とは違って、奈良は無風で真夏日のような暑さでした。長期旅行を終えて暫くはゆっくりしたいと思う反面、これから訪れる梅雨と酷暑を考えて少しでも多くの史跡を巡っておきたいと思いました。

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2008年11月 2日 (日)

奈良旅行記 vol.2

ヨッシーです。奈良旅行の2日目は、紅葉を求めて吉野山に行ってきました。吉野山は南北に長く標高も異なるので、長い間紅葉を楽しむことができます。里(北)から奥(南)に向かって中千本、上千本、奥千本と呼ばれるビュースポットがありますが、ヨッシーが訪問したときは既に中千本まで紅葉が進んでいました。

吉野山は、室町初期の南北朝時代に南朝が置かれていた場所であることから重要な史跡も多く残されています。紅葉と史跡の両方を同時に楽しむことができて大満足の一日でした。

11月2日

吉野神宮・弘願寺・金峯山寺・東南院・吉水神社・勝手神社・大日寺・竹林院・吉野水分神社・金峯神社・中千本・如意輪寺(吉野) → 大蔵寺・宇陀水分神社・片岡家住宅・室生寺(宇陀)

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写真は、重要文化財である吉水神社・書院の中心にある後醍醐天皇玉座の間です。吉水神社の書院は、南北朝時代の南朝の皇居であったと言われています。

後醍醐天皇玉座の間は、当に南朝政務の中心であった場所ですが、ここの装飾画は文禄3年(1594年)に吉野の花見を催した豊臣秀吉が当院を本陣とした際に描かせたものです。

当院は、南朝皇居とされる以前の文治元年(1185年)に源頼朝に追われた義経と静御前が弁慶とともに潜伏した場所でもあります。ここから義経は静御前と別れて奥州に落ちて亡くなることになり、ここが二人で過ごした最期の場所となりました。

義経や後醍醐天皇がかつて過ごした吉野山の秋の景色は、過去の歴史と重なって一層味のあるものに見えました。

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2008年11月 1日 (土)

奈良旅行記

ヨッシーです。三連休を利用して奈良市にやってきました。関西育ちのヨッシーですが、奈良は近くて遠い国・・・史跡目的の訪問は小学校の遠足以来です。懐かしさを通り越して、一人の観光客になって楽しんできました。

11月1日

秋篠寺・八所御霊神社 → 霊山寺 → 唐招提寺・薬師寺・休岡八幡宮 → 春日大社・若宮神社・手向山八幡宮・東大寺・氷室神社・奈良国立博物館

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写真は、東大寺に8つある国宝建造物の1つ・法華堂(三月堂)です。東大寺境内の中で最古の建造物であり、天平5年(733年)の建築と言われています。

東大寺は、天平勝宝4年(752年)に平城京の東に大仏を建立したことに始まります。法華堂は、その大仏建立に先立つこと19年前の建築なので、東大寺以前(金鐘寺)の建造物ということになります。法華堂の正式名は羂索堂(本尊・不空羂索観音像に由来)ですが、旧暦3月に法華会が催されることから法華堂・三月堂と呼ばれています。

毎年、10月末から11月初にかけての約2週間、奈良国立博物館にて正倉院展が開催されています。今年は第60回目の節目の開催で、開館時間を1時間延長(19:00まで)していました。正倉院の宝物というとシルクロードによって齎された中東の名品をイメージしていましたが、奈良時代の生活品が多かったのは意外でした。

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