2011年1月 3日 (月)

愛媛旅行記 vol.2

ヨッシーです。2日目は、松山城下にあるスペシャルドラマ「坂の上の雲」の関連施設を巡りました。萬翠荘の隣にある「坂の上の雲ミュージアム」と松山城ロープウェイ駅舎内にある「坂の上の雲ドラマ館」が主な施設となりますが、特に後者ではドラマで実際に使用された衣服や小物が展示されていてドラマの世界を身近に体感することができました。

1月3日

松山・発 → 萬翠荘・秋山兄弟生誕地・城山公園(松山) →(今治IC~大三島IC)→ 多々羅大橋・大山祇神社(今治) →(大三島IC~西瀬戸尾道IC・福山西IC~栗東IC)→ 栗東・着

P10302012

写真は、坂の上の雲ドラマ館にあった巨大パネルの前でスタッフの方に撮影していただいたものです。明治時代の軍帽が3種類用意されていましたが、ヨッシーはその中から秋山真之の軍帽をお借りして記念撮影していただきました。

松山訪問の1回目(2008.12.30)は国や県の文化財、2回目(2010.1.2)は坂の上の雲の関連史跡を中心に巡りましたが、3回目の今回はドラマロケ地巡りのような少々ミーハーな旅になってしまいました。ですが、スペシャルドラマ「坂の上の雲」も今年末でいよいよ終了してしまうので、規模が縮小されたり閉館される前に訪問しておくことができて良い思い出を作ることができました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年1月 2日 (日)

香川・愛媛旅行記 vol.2

ヨッシーです。今年の正月も道後温泉にやってきました。3年連続(2008.12.292010.1.2)で道後の湯に浸かったので、これで10年は風邪をひかないで済みそうです。

松山への訪問も3回目なので、今回は入浴を中心に道後温泉街をのんびりと散策しました(これが普通なのでしょうが)。道後温泉街の中では、道後温泉本館と並んで道後温泉駅付近に見所が多く特に賑わっていました。

1月2日

栗東・発 →(栗東IC~与島PA)→ 瀬戸大橋(坂出) →(与島PA~松山IC)→ 道後温泉駅・道後温泉本館(松山) → 松山・泊

P10200362

写真は、道後温泉駅前広場・放生園に設置されていた湯釜と足湯です。道後温泉本館が出来るよりも古い明治24年から昭和29年まで実際に使用されていたもので、道後では2番目に古い湯釜です。

放生園の名前は、かつて当地が伊佐爾波神社の境内地であった頃まで存在していた放生池に由来します。傷ついた白鷺が傷を癒したのが道後温泉の始まりであると言われていますが、その場所はこの放生池の畔であった可能性が高いと考えられます。

因みに一番古い湯釜(日本最古の湯釜)は道後公園内にある湯釜薬師の湯釜で、一遍上人が宝珠に南無阿弥陀仏の6文字を刻んだと言われています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月 3日 (日)

愛媛・広島旅行記 vol.2

ヨッシーです。旅行二日目は、松山から「しまなみ海道」を渡って福山方面に向かいました。今日の目的地は、昨年時間がなくて立ち寄ることの出来なかった生口島の耕三寺です。

耕三寺は、大阪で東洋径大鋼管製造所を設立して軍需産業で財を成した金本耕三が、母親の菩提を弔うため昭和11年(1936年)から30年以上の歳月と全財産をかけて建立した非常に新しい寺院です。しかし、この寺院の素晴らしいところは、堂塔のほとんどが国内の有名建築(文化財建築)を詳細に研究して、それを実物大で複製した点にあります。

1月3日

松山・発 → 伊佐爾波神社・宝巌寺・鷺谷墓地・常信寺・大林寺・河野通春公堂・梅津寺公園・大通寺(松山) → 乗禅寺・野間神社・国分寺・唐子山(今治) →(今治IC~来島海峡SA)→ 来島海峡大橋(今治) →(来島海峡SA~生口島南IC)→ 生口神社・向上寺・耕三寺・光明坊(尾道) →(生口島北IC~向島IC)→ 吉原家住宅(尾道) →(尾道大橋)→ 神勝寺温泉(福山) → 福山・泊

P10309822

写真は、耕三寺の本堂正面に建っていた孝養門です。この門のモデルになったのは、日光東照宮の国宝・陽明門です。孝養門を建てるに当たって、陽明門の図面が文部省の所有する一組だけであると知ると、同省に申請してこれを借り受け、さらに工匠を日光に派遣して実地調査を行ったと言われています。

孝養門以外にも、山門(京都御所紫宸殿御門)、中門(法隆寺西院楼門)、鼓楼・鐘楼(新薬師寺鐘楼)、五重塔(室生寺五重塔)、僧宝蔵・法宝蔵(四天王寺金堂)、至心殿・信楽殿(法界寺阿弥陀堂)、八角円堂(法隆寺夢殿)、多宝塔(石山寺多宝塔)、本堂(平等院鳳凰堂)がそれぞれの文化財建築の複製になっていて、昭和の建築でありながら原型当時の建築技術を忠実に再現していることから、戦後に完成した五重塔と孝養門を除く他の建造物(戦前に完成したもの)は国の有形文化財に指定されています。

入館料は1,200円と高めですが、建物好きのヨッシーにはそれだけの価値が十分にあるスケールの大きな屋外博物館でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月 2日 (土)

香川・愛媛旅行記

ヨッシーです。新年最初の旅行は、予州・松山にやってきました。一年前(2008.12.30)に訪問した時は、愛媛県に行くことが目的でしたが、今回は「坂の上の雲」に関する史跡を巡りました。

今日は松山への道中、愛媛県東部の史跡にも立ち寄りました。正月三が日であったため川之江城天守閣(城山公園)と広瀬歴史記念館(広瀬公園)が休館していたのが残念でした。

1月2日

栗東・発 →(栗東IC~与島PA)→ 瀬戸大橋(坂出) →(与島PA~三島川之江IC)→ 真鍋家住宅・城山公園(四国中央) →(三島川之江IC~新居浜IC)→ 広瀬公園(新居浜) →(いよ西条IC~いよ小松IC)→ 仏心寺・興隆寺(西条) →(いよ小松IC~川内IC)→ 三島神社・医王寺(東温) → 渡部家住宅・豊島家住宅・秋山兄弟生誕地・萬翠荘・正宗寺・雲祥寺・阿沼美神社・道後温泉本館(松山) → 松山・泊

P10206292

写真は、秋山兄弟生誕地に立てられた陸軍大将・秋山好古の像です。この像は、昭和11年(1936年)に道後公園内に一度立てられましたが、太平洋戦争での金属供出で鋳潰されたものを再度当地に復元したものです。

秋山好古は、松山藩士・秋山久敬の三男で、海軍中将・秋山真之の兄に当たります。日露戦争では、世界最強と言われたロシアのコサック騎兵隊を破って陸軍大将に出世し、退役時には元帥へとの声もありましたが固辞したと言われています。恐らく、実力ではなく退役前のご褒美に元帥を頂くことを好古本人のプライドが許さなかったのだと考えられます。

退役後、すぐに地元・松山の北予中学校(現、松山北高等学校)から校長への就任を懇請されると直ちに快諾し、全国を驚かせました。「大きな墓、立派な家、銅像などは不要」というポリシーを本人は貫き通しましたが、後世郷里の手によって銅像が立てられました。戦前男子の真っ直ぐな潔さに触れて、自分もそうありたいと強く思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月30日 (火)

愛媛・広島旅行記

ヨッシーです。旅行四日目は、松山市から「しまなみ海道」を渡って滋賀に帰省しました。

しまなみ海道にある島々へは高速道路で渡りますが、上りと下りとでインターチェンジ(IC)が異なります。ヨッシーの車のカーナビが古かったため、誤って途中のICで下りてしまい、慌てて入り直すと逆方向の入口でした。時間とお金のロスが響きました。

12月30日

松山・発 → 道後公園・石手寺・浄土寺・城山公園・大宝寺・太山寺(松山) → 吹揚公園(今治) →(今治北IC~大島南IC)→ 高龍寺・村上水軍博物館(今治) →(大島北IC~大三島IC)→ 大山祇神社・鶴姫公園(今治) →(大三島IC~因島南IC)→ 因島水軍城・金蓮寺(尾道) →(因島北IC~西瀬戸尾道IC・福山西IC~栗東IC)→ 栗東・泊

Pc3004482

写真は、大山祇神社横に立っていた戦国のジャンヌダルク・鶴姫の像です。鶴姫は、戦国時代に三島水軍を率いて戦った大山祇神社の大祝・三島安用の息女です。

大祝・三島氏は、大山祇神社の御祭神・大山津見神(イザナギとイザナミの子)の子孫であり、伊予国守護大名・河野氏を一族に持つ瀬戸内の名家です。すなわち、村上水軍の主家に当たる実質的な瀬戸内水軍の長と言えます。

鶴姫は、瀬戸内水軍の掌握を目論む大内家との戦いで戦死した兄・安房に代わって三島水軍を率いることになりました。そして天文12年(1543年)、その機を逃さずに攻めてきた大内軍との戦いに見事勝利しました。しかし、この戦いで婚約者である越智安成を失ったことで、失意から母の形見の鈴を持って海に身を投げたと言われています。

大山祇神社には、鶴姫が着用したと伝わる女性用の鎧・紺糸裾素懸威胴丸(国の重要文化財)が残されています。胸の部分の膨らみ具合とウエスト部分の細さから、鶴姫はかなり細身の女性であったと予想されます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月29日 (月)

愛媛旅行記

ヨッシーです。旅行三日目は、宇和島から松山まで城下町を中心に巡りました。愛媛県は、ヨッシーがまだ行ったことのなかった都道府県の1つです。今回この旅行を計画した目的の1つでもありましたが、実際に訪れてみて気候は温暖で食べ物も美味しく、歴史もあって(文化財が多い)大変魅力のある県でした。

12月29日

鬼北・発 → 等覚寺・宇和津彦神社・大隆寺・宇和島城・来応寺(宇和島) → 開明学校・光教寺(西予) →(西予宇和IC~大洲北只IC)→ 如法寺・曹渓院・大洲城(大洲) →(大洲IC~内子五十崎IC)→ 内子座・八日市・護国町並み(内子) →(内子五十崎IC~松山IC)→ 湯神社・伊佐爾波神社・道後温泉駅・椿の湯・道後温泉本館(松山) → 松山・泊

Pc2907642

写真は、道後温泉のシンボル・道後温泉本館です。明治27年(1894年)に建てられた道後温泉最古の建造物で国の重要文化財に指定されています。

道後温泉は、開湯3000年の歴史を持つ日本最古の温泉です。また、道後温泉本館は昔から変わらぬ建物でありながら、現在も現役の温泉浴場として活躍しています。入浴コースは次の4種類があります。

①神の湯階下・・・神の湯(大浴場)のみ利用。400円。②神の湯二階席・・・神の湯と二階席(大広間)を利用。二階に展示されている宝物を鑑賞することができる。800円。③霊の湯二階席・・・霊の湯(人数制限の専用風呂)と神の湯に入浴可能。宝物の鑑賞はもちろん又新殿(皇室専用浴室)、坊ちゃんの間(三階:夏目漱石利用の部屋)も見学できる。1,200円。④霊の湯三階個室・・・霊の湯と神の湯の他、三階個室(坊ちゃんの間の並びの部屋)を個人(グループ)で利用することができる。宝物、又新殿、坊ちゃんの間の見学も可能な極上コース。1,500円。

一人旅のヨッシーは、霊の湯二階席コースを利用しました。古い建物にも関わらず館内は掃除が行き届いていて清潔でした。最高の温泉に加えて重要文化財の館内見学もできて大満足の一日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月28日 (日)

高知・愛媛旅行記

ヨッシーです。旅行二日目は、高知市から四万十方面に向かいました。高知県西部はまだ高速道路が整備されていないので、一般道での長距離移動となって思った以上に大変でした。

12月28日

南国・発 → 土佐神社・善楽寺(高知) →(高知IC~伊野IC)→ 朝倉神社・高知城・山内神社・三翠園・筆山公園・真如寺・竹林寺・桂浜・雪渓寺・秦神社(高知) → 池ノ浦・鳴無神社(須崎) → 不破八幡宮・一條神社・為松公園・中村大神宮・奥御前宮・佐田沈下橋(四万十) → 森の国温泉(松野) → 鬼北・泊

Pc2803752

写真は、四万十川に架かる佐田の沈下橋です。沈下橋という名前は、増水した時に川に沈んでしまうことに由来します。沈下橋は四万十川に特有の橋で、戦後に複数架けられました。橋の高さは水面に近く、欄干がないのが特徴です。

戦後の貧しい時代には、高い橋脚を持った立派な橋を架けることができませんでした。しかし、四万十川は四国最長・最大流域面積を誇る大河であり、台風の度に増水して橋は流されてしまいます。そこで、増水した川の水流から受ける抵抗を抑えるため欄干を取り除いて、流されにくく改良したものが沈下橋です。

夕方になると四万十川の水面には霧が立ちこめて、その光景はまるで川とそこに住む生き物たちが呼吸を整えて静かに眠りに就くかのように幻想的でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)