2008年3月20日 (木)

鹿児島・宮崎旅行記

ヨッシーです。昨日、熊本で仕事を終えてから鹿児島にやってきました。明日も会社から休みをもらっているので、今週末は鹿児島で連休を満喫します。一日目は、鹿児島湾沿いを大隅半島方面に走ってみました。

3月20日

鹿児島・発 → 福昌寺跡・異人館・磯工芸館・尚古集成館・鶴嶺神社・仙巌園・西郷蘇生の家・三船神社・平松神社(鹿児島) → 隼人塚史跡公園・鹿児島神宮・大隅国分寺跡・舞鶴城跡(霧島) → 腹五社神社・有村溶岩展望所(鹿児島) → 手貫神社(垂水) → 浄福寺(鹿屋) → 高山城跡・二階堂家住宅(肝付) → 大慈寺(志布志) → 神柱宮・早水神社・都城跡(都城) →(末吉財部IC~鹿児島北IC)→ 鹿児島・泊

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写真は、腹五社神社参道の黒神埋没鳥居です。大正3年(1914年)の桜島大噴火の火山灰によって埋没しました。埋没前の鳥居の高さは約3mありました。桜島と大隅半島が現在のように陸続きになったのもこの大噴火によるもので、当時の噴火の凄まじさが良く伝わってきます。

噴火鎮静後には復興活動としてこの鳥居も発掘復元される予定でした。しかし、当時の村長・野添八百蔵が噴火の猛威を後世に伝える貴重なものとして発掘中止を指示し、現在では県の有形文化財に指定されています。

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2007年11月17日 (土)

熊本・宮崎旅行記

ヨッシーです。昨日で仕事は終了しましたが、週末をこのまま熊本で過ごすことにしました。今日は、熊本中心部から阿蘇方面、そして日本神話の聖地・高千穂まで足を伸ばしてきました。天気にも恵まれて最高の一日でした。

11月17日

大津・発 → 阿蘇山・阿蘇神社(阿蘇) → 高千穂神社・高千穂峡・天岩戸神社・国見ヶ丘(高千穂) → 立田自然公園・水前寺公園・武蔵塚公園(熊本) → 大津・泊

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写真は、国の名勝にして天然記念物にも指定されている高千穂峡のベストスポット・真名井の滝です。

切り立った絶壁から深淵に流れ落ちるきめ細かな水流が、狭い天井を覆っている木々の隙間から射し込む日光に照らされる光景には、神々しいオーラを強く感じました。

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2006年11月12日 (日)

宮崎旅行記 vol.2

ヨッシーです。現在、宮崎で仕事中です。遅くなりましたが、宮崎旅行記の2日目をご報告いたします。

11月12日

宮崎・発 → 宮崎神宮・江田神社・市民の森(宮崎) → 佐野原聖地・佐土原城跡・巨田神社(佐土原) → 西都原古墳群・都萬神社(西都) → 都農神社(都農) → 立磐神社・日向岬・馬ヶ背・細島燈台(日向) → 木城温泉(木城) → 宮崎・泊

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写真は西都原古墳群の様子です。小さな山に見えるものは全て古墳で、この辺りだけで311基も存在します。宮崎(日向国)は、神武天皇(初代天皇)が生まれてから奈良(大和国)に東征するまで過ごした場所であり、「日本の歴史=天皇の歴史」と考えると日本人発祥の地と言っても過言ではありません。

県別の古墳数では、宮崎県は奈良県に遠く及びません。しかしながら、地域別の古墳数では、西都原は奈良の明日香に匹敵するくらい集中しています。また、関西に多い前方後円墳が九州全域でも西都原にのみ複数存在することも特異的です。この事実は、前方後円墳のような形態の墓をつくる文化をもった民族(天皇家)が宮崎から奈良へ移ったことの裏づけと考えられます。では、宮崎にある前方後円墳の文化をもつ民族がどこから来たのか・・・(天から降りてきたという神話はさておき)直接、船で宮崎に上陸したとしか考えられません。

ヨッシーの推理では、北九州(邪馬台国)と南九州(天皇家)は異なる文化をもった民族であり、戦いに敗れて西(奈良)に逃れたと考えています。この話題については、いつか詳しくホームページのコラムで紹介したいと思います。

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2006年11月11日 (土)

宮崎旅行記

ヨッシーです。今週末は月曜日からの宮崎出張を繰り上げて、現地で休日を過ごしています。本日はレンタカーを借りて宮崎から日南方向に向かって観光してみました。信州はもう暖房をつけないと寒い気候になっていますが、宮崎ではまだハイビスカスが咲いていました。

11月11日

宮崎・発 → 青島神社(宮崎) → 鵜戸神宮・豫章館・飫肥城跡・五百禩神社(日南) → 学園温泉(宮崎) → 宮崎・泊

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写真は青島で撮影した天然記念物の「鬼の洗濯板」です。青島以南の日南海岸にはずっとこのような奇妙な地形が続いていました。青島には青島神社があって、神武天皇の幼少時の遊び場所であったと言われています。

また、ここから南に行ったところには、鵜茅葺不合命(神武天皇の父)が育ったという伝説の洞窟宮「鵜戸神宮」があり、宮崎には京都・奈良を凌ぐ天皇家ゆかりの太古の史跡がたくさんあって古代のロマンに興奮しっ放しの1日でした。

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