2008年5月 9日 (金)

熊本旅行記 vol.7

ヨッシーです。今日は、早起きをして上熊本駅前にやってきました。なぜ上熊本駅かと言うと、この駅は3年前にヨッシーが初めて熊本の地を踏んだ想い出の場所だからです。

宿泊先で散歩のために入手した観光マップで、上熊本駅の旧駅舎が現在の駅舎のすぐ隣に保存されていることを知りました。3年前にはこのような建物の記憶がなかったので、もしかしたらと思い訪れてみました。

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写真は、現在の上熊本駅の左隣に建てられた旧上熊本駅舎と夏目漱石の像です。当にそこにあったのはヨッシーが記憶する上熊本駅舎でした。

旧上熊本駅舎は、九州新幹線の建設に伴う高架駅舎への建て替えのため2年前に現在地に移築されました。大正2年(1913年)の建築でもありますが、夏目漱石が第五高等学校(現熊本大学)の教師として赴任してきた際に初めて降り立った駅であり、それが保存に至った最大の理由でした。ヨッシーの熊本入りが夏目漱石先生と同じ場所だったという偶然に感激しました。

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2008年3月19日 (水)

熊本旅行記 vol.6

ヨッシーです。今日は仕事で熊本市内外を車で移動しました。訪問した熊本大学の構内で、偶然昭和初期の建造物を発見したので写真に納めました。

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写真は、旧制熊本医科大学(現熊本大学医学部)の図書館として建てられた山崎記念館です。昭和5年(1930年)に建造されたもので、国の登録有形文化財に指定されています。

山崎記念館の名前は、旧制熊本医科大学の初代学長であった山崎正董博士の功績を記念して建てられたことに由来します。建物の基礎および玄関は、日本洋風建築初期(明治から大正期)の特徴である総大理石造りになっています。

初期の日本洋風建築は、大理石やレンガなど時代が経過しても風化しにくい素材で建てられているため100年以上経っても当時の姿を留めています。現代の建築は、巨大で奇抜なデザインばかりが重視されて、コンクリートやタイルなど風化(ひび割れ)し易い素材で建てられていますが、将来文化財になり得るのか(残っているのか)と考えると寂しくなります。

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2007年11月18日 (日)

熊本旅行記 vol.5

ヨッシーです。熊本での最終日は、天草に行ってきました。天草の乱とキリスト教関連の史跡を巡りながら、異質な西洋文化の美しさに感動する一方、共存できなかった過去の悲劇の爪痕に心痛める複雑な旅となりました。

11月18日

大津・発 → 鞠智城(山鹿) → 菊池神社(菊池) → 西の武蔵塚(熊本) → 宇土城跡(宇土) → 三角西港(宇城) → 天草四郎公園(上天草) → 崎津天主堂・大江天主堂・妙見浦(天草) → 富岡城公園(苓北) → 熊本・着

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写真は、港町・河浦のシンボル・崎津カトリック教会の天主堂です。

崎津カトリック教会は、戦国時代の全盛期・永禄12年(1569年)にポルトガル人宣教師・ルイス・デ・アルメイダ神父によって建てられました。しかし、寛永15年(1638年)に江戸幕府の禁教令によって破却され、現在のものは昭和9年(1934年)にハルプ神父が再建したものです。

教会のすぐ側の小高い丘の上には崎津諏訪神社があって、そこからは教会を中心とした港町が一望できます。レトロなゴシック様式の教会が海のすぐ側に建っている様には、イタリアの小さな港町を彷彿させられました。

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2007年11月17日 (土)

熊本・宮崎旅行記

ヨッシーです。昨日で仕事は終了しましたが、週末をこのまま熊本で過ごすことにしました。今日は、熊本中心部から阿蘇方面、そして日本神話の聖地・高千穂まで足を伸ばしてきました。天気にも恵まれて最高の一日でした。

11月17日

大津・発 → 阿蘇山・阿蘇神社(阿蘇) → 高千穂神社・高千穂峡・天岩戸神社・国見ヶ丘(高千穂) → 立田自然公園・水前寺公園・武蔵塚公園(熊本) → 大津・泊

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写真は、国の名勝にして天然記念物にも指定されている高千穂峡のベストスポット・真名井の滝です。

切り立った絶壁から深淵に流れ落ちるきめ細かな水流が、狭い天井を覆っている木々の隙間から射し込む日光に照らされる光景には、神々しいオーラを強く感じました。

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2007年11月16日 (金)

熊本旅行記 vol.4

ヨッシーです。熊本出張二日目は、熊本市内に泊まりましたので、早起きして熊本城に行ってきました。早朝で中には入れませんでしたが、遠目にも立派な名城の迫力を感じることができました。

11月16日

熊本城 → 旧細川刑部邸

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写真は、熊本城の第三の天守閣とも呼ばれている宇土櫓です。左奥に見えているのが大天守閣です。

これだけの規模の櫓を持つ城は、熊本城を置いて他にはありません。また、櫓の名前からこの櫓は小西行長がかつて居城としていた宇土城の天守閣を移築したものだという説も存在します。

この城郭群の威容からは、加藤清正が徳川家を相手に熊本城で決戦しようとしていたという噂も本気思えてきます。

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2007年11月15日 (木)

熊本旅行記 vol.3

ヨッシーです。昨日、出張で熊本にやってきました。八代市に宿泊したので、早朝に早速市内を散策しました。冬で日が短く、6:30までは暗くて活動できなかったため、あまり広い範囲を散策することができなかったのが少し残念でした。

11月15日

医王寺 → 光徳寺 → 浅井神社・松井神社・織田信長供養塔・松浜軒 → 澤井家 → 八代城址・八代宮

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写真は、八代第一中学校の敷地内にある細川三斎(忠興)の墓(荼毘所)です。すぐ隣には、三斎が生前に建てた織田信長の供養塔も残されていました。

八代は、豊臣時代には小西行長の領地でしたが、関ヶ原の戦いで敗れた後は加藤清正、そして江戸時代に入ってからは細川忠利の所領となりました。小西行長の本城は、宇土城であり、加藤清正・細川忠利の本城は、熊本城であったことから、八代はそれぞれの領主の城代が置かれました。

細川忠利の時代の八代城は、島津氏の抑えとして重要視されており、その父・三斎(忠興)が隠居の身ながら自ら入城して防衛に当たりました。細川氏の墓地がこの八代に存在するのは以上の理由からですが、三斎の死後は筆頭家老・松井氏が入ったため、八代にある細川氏の墓地は三斎のものだけです。

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2007年3月18日 (日)

熊本旅行記 vol.2

ヨッシーです。今日は早朝に人吉駅前を散策しました。古き良き日本、昭和を感じさせる懐かしい街並みに心が和みました。

3月18日

大村横穴古墳群 → 鍛冶屋町 → 願成寺 → 相良神社・人吉城跡 → 老神神社 → 武家屋敷 → 永国寺 → 青井阿蘇神社

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写真は、永国寺の本堂内に安置されている有名な幽霊の掛け軸です。通常は8時からしか拝観できないとのことでしたが、今日は日曜日だからか時間前にも関わらず拝観することができました。

写真を撮ろうとすると、風で周囲の窓が突然ガタガタと音を立てて揺れてびっくりしました。

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2007年3月17日 (土)

熊本旅行記

ヨッシーです。出張で熊本県人吉市にやって来ました。人吉は鹿児島、宮崎と境を接する山岳都市で、都落ちした平家や鎖国前に西洋から伝わった伝統が今もひっそりと伝承されています。

3月17日

青井阿蘇神社 → 鍛冶屋町 → 人吉温泉

熊本旅行記

写真は、16世紀にポルトガルから伝わった重要無形民俗文化財「ウンスンカルタ」です。

カルタを求めて立山商店に伺うと、丁度隣のみそ・しょうゆ蔵でカルタ大会が行われていました。少し見学のつもりが、温かく声をかけていただきゲームにも参加させていただきました。長野県の人がウンスンカルタをやったのは400年ぶりで、多分遊べるのは1人だけではと言われました。良き伝統に触れて充実した時間を過ごすことができました。

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