2010年9月24日 (金)

島根・山口旅行記

ヨッシーです。中国旅行の2日目は、津和野から萩へ移動して城下町を散策しました。前回(2010.5.1訪問)は早朝のため内部を拝観できなかった武家屋敷(木戸孝允旧宅、高杉晋作誕生地など)を中心に巡りました。

9月24日

津和野・発 → 鷲原八幡宮・西周旧居・嘉楽園・太鼓谷稲成神社・津和野城跡(津和野) → 静御前墓(山口) → 円政寺・青木周弼旧宅・木戸孝允旧宅・菊屋家住宅・高杉晋作誕生地・武家屋敷野田家・天樹院・指月公園・旧厚狭毛利家萩屋敷長屋・菊ヶ浜・萩本陣温泉(萩) → 萩・泊

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写真は、津和野城跡三十間台からの津和野盆地の眺めです。

津和野城は、弘安5年(1282年)に吉見頼行が元寇襲来の備えとして標高367mの山頂に築城した山城です。以後、吉見氏は大内・毛利氏に仕えましたが、関ヶ原の戦いで主家の毛利氏が西軍に就いて敗れたため当地を失って萩に退去しました。その後、津和野は坂崎氏一代を経て亀井氏が十一代に渡って幕末まで支配しました。

この山城に自分の足で登城するのは大変ですが、太鼓谷稲成神社のすぐ下から出ている城跡観光リフト(往復450円)を利用すると楽に山上まで上がることが出来ます。しかしながら、今回は7月に熊が出没したことから熊鈴を持たされての登城となって少々緊張しました。

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2010年9月23日 (木)

広島・島根旅行記

ヨッシーです。今日からSW(シルバーウィーク)の後半がスタートしました。後半は、GW(ゴールデンウィーク)に訪問した中国地方で一番印象に残っていた萩・津和野(2010.4.30訪問)を再訪することにしました。1日目は、鯉の泳ぐ町・津和野の町並みを散策しました。

9月23日

栗東・発 →(栗東IC~高田IC)→ 郡山城跡・歴史民俗資料館(安芸高田) →(高田IC~六日市IC)→ 弥栄神社・多胡家表門・養老館・大岡家老門・津和野カトリック教会・森鴎外記念館・永明寺(津和野) → 津和野・泊

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写真は、弥栄神社の鳥居前に立てられた鷺舞のモニュメントです。

鷺舞は、天文11年(1542年)に当寺の津和野城主・吉見正頼が京都から導入した古式に則った神事舞です。以来、弥栄神社の神事として歴代の津和野藩主からも保護されて、現在では小京都・津和野を代表する風物詩として国の重要無形民俗文化財に指定されています。

明日は、津和野の町並みを山上(津和野城跡)から眺めた後、次の目的地・萩へ移動します。

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2010年4月30日 (金)

広島・島根・山口旅行記

ヨッシーです。中国旅行の2日目は、広島県北部から山陰に出て海沿いを西に向かって走りました。萩と津和野へは、15年ぶりの訪問になりました。

今日の目的地は、安芸高田市にある郡山城跡です。郡山城は、中国地方の雄・毛利元就の居城であり、城下には毛利元就、隆元(元就の長男)、興元(元就の兄)の墓所が残されていました。

毛利氏は安芸国の一国人でしたが、元就の時代に安芸国と備後国の有力国人であった吉川氏と小早川氏に自分の次男(元春)と三男(隆景)を養子に出す等して国人衆の盟主となり、東西の大国(大内・尼子氏)を滅ぼして中国地方120万石の大大名になりました。しかし、輝元(元就の孫)の代には広島城に居城を移して豊臣政権の五大老の一人にまでなりましたが、関ヶ原の戦いに敗れて周防・長門国37万石に減封されて萩に居城を移すことになりました。

4月30日

庄原・発 → 円通寺(庄原) → 鳳源寺(三次) →(三次IC~高田IC)→ 郡山城跡・清神社・猿掛城跡(安芸高田) → 吉川元春館跡・龍山八幡神社(北広島) →(大朝IC~浜田IC)→ 金蔵寺(浜田) → 天石勝神社(益田) → 永明寺・永太院・乙女峠記念聖堂・津和野カトリック教会・太鼓谷稲成神社・津和野城山公園・森鴎外記念館・鷲原八幡宮(津和野) → 東光寺・指月公園・旧厚狭毛利家萩屋敷長屋・天樹院・堀内鍵曲・平安橋・萩指月温泉(萩) → 萩・泊

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写真は、指月公園の入口(萩城址の本丸門前)から眺めた天守閣跡の様子です。

萩城は、防長二国に減封された毛利輝元が慶長9年(1604年)に築城して以来、元治元年(1864年)に藩庁が山口に移るまでの毛利氏13代の居城です。現在も新堀川より内側の地域には武家屋敷の遺構がたくさん残っていて、町全体がまるで時代劇のセットの中のようでした。

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2008年4月27日 (日)

島根・鳥取・兵庫旅行記

ヨッシーです。旅行最終日の今日は、松江から海沿いを東に走ってみました。このコースは高速道路がないため車での移動時間が長くなりましたが、天気が良かったので景色は最高でした。

4月27日

松江・発 → 八重垣神社・神魂神社(松江) →(東出雲IC~米子西IC)→ 倉吉白壁土蔵群(倉吉) → 浦富海岸(岩美) → 余部鉄橋・余部駅(香美) → やぶ温泉(養父) →(和田山IC~栗東IC)→ 栗東・着

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写真は、再来年いっぱいで廃止・解体が決まっている余部鉄橋です。地上からの高さは41m、長さは309mあって、建設当時(明治45年、1912年)は東洋一、現在でも日本一の規模を誇ります。

昭和61年12月の強風による列車転落事故によって、このサーカスの綱渡りのような鉄橋の安全性が問題視され、以降強風時は運行を見合わせることで対応していました。しかし、平成23年(2011年)に安全なコンクリート製の橋に架け替えられることになり、役目を終えることになりました。

文明開化以降、急速に進む近代化の流れの中で建設された代表的な遺構が失われるのは残念でなりません。出来ることならば重要文化財(近代化産業遺産)の指定を受けて維持保存を図ってほしいところですが、この橋下には多くの民家があって、橋の老朽化によって落下物が発生する危険性があることから仕方ありません。せめてもの思いでこの鉄橋の雄姿をカメラに納めました。

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2008年4月26日 (土)

島根旅行記 vol.2

ヨッシーです。今日は、島根県大田市にある石見銀山遺跡に行ってきました。前回(昨年7月)は世界遺産に登録されたばかりで準備が整っていませんでしたが、今回は大駐車場や観光案内板などの整備がかなり進んでいました。

4月26日

松江・発 →(松江玉造IC~斐川IC)→ 石見銀山資料館・城上神社 →(バス)→ 羅漢寺 → 龍源寺間歩・佐毘売山神社・清水谷製錬所跡 → 旧河島家住宅・町並み交流センター・観世音寺・熊谷家住宅・勝源寺 → 沖泊・龍御前神社・温泉津温泉 →(斐川IC~松江玉造IC)→ 松江・泊

石見銀山遺跡は、銀山川上流域の銀山地区と、下流域の大森地区からなります。ヨッシーのお勧め順路は、①まず石見銀山資料館で概要を知る、②バスで一気に龍源寺間歩まで登って銀山跡を散策する、③羅漢寺まで歩きながら銀山地区の遺構を散策する(約2km)、④羅漢寺に参拝する、⑤さらに石見銀山資料館まで歩きながら大森地区の町並みを散策する(約1km)、となります。なお、③の銀山地区の遺構散策は坂道な上に距離が長いため、足の悪い方はそのままバスで羅漢寺まで下りられることをお勧めいたします。

ただし、ヨッシーが訪問した4/26~5/31までは環境調査のため、羅漢寺から龍源寺間歩までの2km区間のバスが運休(タクシーの乗り入れも禁止)していました。ハイキングの好きな方は良いのですが、この情報を知らずに訪問した足の悪い方にとって坂道の往復4kmを歩かされるのはかなり酷です。また、この調査をゴールデンウィーク期間に行うのも配慮がありません。足に不安のある方は、6月以降に訪問されることをお勧めいたします。

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写真は、銀山地区にある清水谷製錬所跡の様子です。山上から産出された鉱石の作業効率を考えて、山の斜面に段々状に石垣を組んで作業場所を確保し、上段から下段へと各工程作業者を配して流れ作業で精錬が行われていました。

前回、現地を訪れた時は大きな雑草が繁茂していて、中段に見える開口部が2つしか見えませんでしたが、今回はそれらが除去されて、開口部が6つあることも確認できました。これまでに雑草や雑木によって風化した遺構をたくさん見てきましたが、世界遺産への登録によってこの貴重な遺構が護られたことを嬉しく思いました。

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2008年4月25日 (金)

鳥取・島根旅行記 vol.2

ヨッシーです。今日から休みをもらって松江に来ています。前回(昨年7月)は台風のため生憎の天気でしたが、今回は好天に恵まれたので、ビュースポットも楽しむことができました。

4月25日

栗東・発 →(栗東IC~米子IC)→ 米子城跡・湊山公園(米子) → 水木しげるロード(境港) → 美保神社・月照寺・城山公園・岸公園・松江しんじ湖温泉(松江) → 松江・泊

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写真は、岸公園から眺めた宍道湖の夕日です。写真中央下の兎の像は、縁結びで有名な「宍道湖うさぎ」です。

岸公園にある宍道湖うさぎは12羽が一列に並んでいて、飛び跳ねる姿を連続的に表現しています。その列の前から二番目の兎には、しじみの貝殻を供えて夕日を眺めながら背中を撫でてやると好きな相手に想いが通じるという評判があります。

今日は天気が良かったこともあって、兎を触りにきた若い女性や夕日の写真を撮りにきたカメラマンで賑わっていました。

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2007年7月16日 (月)

島根・鳥取旅行記

ヨッシーです。連休最終日の三日目は、鳥取方面に走ってみました。完全に台風は通り過ぎたにも関わらず、余波の吹き返しで風雨ともに強い悪天候でした。

7月16日

松江・発 → 平濱八幡宮武内神社・出雲国分寺跡・真名井神社・出雲国庁跡・八重垣神社・神魂神社(松江) → 揖夜神社・黄泉比良坂(東出雲) → 雲樹寺・清水寺(安来) → 大神山神社(米子) → 大神山神社奥宮・大山寺(大山) → 伯耆国分寺跡・長谷寺・打吹公園・大岳院・大蓮寺(倉吉) → 三佛寺(三朝) → 鹿野城跡公園・幸盛寺・白兎神社・池田家墓所・宇倍神社・広徳寺・興禅寺・久松公園・玄忠寺・景福寺(鳥取) → 鳥取・着

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写真は、神魂神社の本殿です。あまりメジャーではありませんが、この本殿は出雲大社本殿に代表される「大社造り」としては最古の建造物であり国宝に指定されています。

出雲大社本殿の御祭神がオオクニヌシ(男神)なので「男造り」になっているのに対して、神魂神社本殿の御祭神はイザナミ(女神)なので「女造り」になっていることも出雲大社と双璧を成す特徴となっています。

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2007年7月15日 (日)

島根旅行記

ヨッシーです。二日目は、松江と出雲を中心にドライブしました。台風一過で朝方は雨が上がっていましたが、すぐに降り始めて昨日同様に雨中の観光になってしまいました。

7月15日

松江・発 → 賣布神社・円成寺・須衛都久神社・清光院・月照寺・松江神社・松江郷土館・松江城・城山稲荷神社・小泉八雲旧居・武家屋敷・明々庵・普門院・佐太神社(松江) → 日御碕神社・奉納山公園・安養寺・出雲阿国墓・連歌庵・出雲大社・旧JR大社駅舎・須佐神社(出雲) → 天ヶ淵公園・温泉神社・神原神社・須我神社(雲南) → 熊野大社(松江) → 巌倉寺・太鼓壇公園・月山富田城跡・毛利元秋墓・新宮党館跡・洞光寺・富田八幡宮(安来) → 玉造温泉(松江) → 松江・泊

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写真は、月山富田城跡の中腹にある太鼓壇公園内に立つ山中鹿之助像です。

山中鹿之助幸盛は、戦国時代にこの月山富田城を治めていた尼子氏の忠臣であり、尼子十勇士の1人に数えられた勇将です。家中に比類する者がいなかったことから、自ら三日月に向かって「願わくば我に七難八苦を与え給え」と試練を懇願したと言われています。この像はその姿をイメージしたものと思われます。

結局、鹿之助には願い通り主家の没落という試練が与えられ、最期は毛利元就に暗殺されてしまいました。しかし、最後まで強者に屈することなく孤軍奮闘主家を護り続けた生き様は、今も多くの人々に勇気を与えてくれます。

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2007年7月14日 (土)

鳥取・島根旅行記

ヨッシーです。三連休を使って山陰にやってきました。一日目の目的地は、世界遺産「石見銀山遺跡」です。台風が九州に接近していて風雨が心配でしたが、風はなく雨だけだったので無事に観光することができました。

7月14日

米子・発 → 米子城跡・湊山公園・清洞寺跡・後藤家住宅・白壁土蔵・涼善寺・了春寺・感応寺(米子) → 台場公園・水木しげるロード・大港神社(境港) →(松江玉造IC~宍道IC)→ 物部神社・羅漢寺・旧河島家住宅・観世音寺・石見銀山資料館・城上神社・龍源寺間歩・佐毘売山神社・清水谷精錬所跡・西本寺・大安寺跡・沖泊・龍御前神社・温泉津温泉(大田) →(宍道IC~松江玉造IC)→ 松江・泊

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写真は、水木しげるロードの中心に鎮座している妖怪神社です。一反木綿の鳥居など、妖怪好きにはたまらない趣向がいっぱいの面白神社でした。

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