2010年8月13日 (金)

福井・京都旅行記

ヨッシーです。いよいよ、今日から夏期休暇が始まりました。今年の夏期休暇は4日間しかないので、比較的近場で訪問できていない地域・若狭~北近畿を巡ることにしました。

1日目は、福井県若狭地方から舞鶴方面へと走りました。若狭地方は、かつては福井(越前国)とは別の国(若狭国)であり、その中心都市の小浜市には国都らしく重要な史跡がたくさん見られました。

8月13日

自宅 →(塩尻IC~敦賀IC)→ 金ヶ崎緑地・市立博物館・晴明神社・来迎寺・西福寺(敦賀) → 明通寺・国分寺・若狭姫神社・若狭彦神社・神宮寺・妙楽寺・佛國寺・発心寺・小浜病院・小浜神社・源應寺・羽賀寺・空印寺・栖雲寺・常高寺・飯盛寺(小浜) → 長福寺・中山寺(高浜) → 金剛院・北吸トンネル・赤れんが博物館・市政記念館・舞鶴公園・本行寺・見樹寺(舞鶴) → 安寿の里もみじ公園・由良川橋梁・天満宮・大頂寺(宮津) → 小野小町温泉(京丹後) → 京丹後・泊

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写真は、空印寺の境内にある八百比丘尼の入定洞岩窟です。八百比丘尼の伝説は全国各地にありますが、その発祥地は当地(小浜)であると言われています。

八百比丘尼は、小浜の高橋権太夫という長者の娘でしたが、長者が竜宮から持ち帰った人魚の肉を食べて不老長寿となり、全国を行脚して土地開発と人倫道徳を説いて廻った伝説上の人物です。16歳で不老長寿になってから120歳で落髪して尼となり、270歳で全国行脚の旅に出て795歳で小浜に帰り800歳で当地に入定して、八百比丘尼として語り継がれるようになりました。

小浜には、海幸山幸伝説(天皇家の発祥)を伝える若狭彦神社や奈良東大寺二月堂への「お水送り」の伝統を受け継ぐ神宮寺などもあって、歴史と伝説に満ちた興味深い町でした。

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2009年8月14日 (金)

福井・石川・富山旅行記

ヨッシーです。今日は、福井から石川県の加賀地区を経て能登方面へと向かいました。2年前に果たせなかった能登半島一周に挑戦します。能登半島西岸はサンセットビュースポットの宝庫ですが、今日は雲が多かったため残念ながら美しい日没をカメラに収めることが出来ませんでした。その代わり心配していた程、気温は上がらなかったので、エアコンなしで快適に車中泊することができました。

8月14日

福井・発 → 盛源寺・一乗滝・明智神社(福井) → 長久寺(鯖江) → 大谷寺(越前) → 瑞源寺・運正寺・左内公園(福井) →(福井IC~加賀IC)→ 江沼神社・温泉寺(加賀) → 小松天満宮(小松) →(小松IC~金沢西IC)→ 中央公園・兼六園・本多の森(金沢) → 倶利伽羅源平の郷(津幡) → 護国八幡宮(小矢部) → 喜多家・末森城跡・岡部家(宝達志水) → 気多神社・妙成寺(羽咋) → 志賀千古温泉(志賀) → 志賀・泊

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写真は、護国八幡宮の参道前に立てられていた源(木曽)義仲の像です。護国八幡宮は、富山県と石川県の県境にある倶利伽羅峠の富山県側にある神社で、倶利伽羅峠の戦いの際に義仲が本陣を置いた場所であると言われています。

倶利伽羅峠の戦いは、平家追討の兵を挙げた源義仲軍3万と平家の総大将・平維盛(清盛の嫡孫)軍7万が激突した源平の一大決戦です。義仲は2倍以上もある敵勢を奇計・火牛の計を用いて撃破したと伝えられています。平家はこの敗北を境に劣勢に転じて一気に滅亡へと向かいました。いわば、この決戦は源平の関が原と言えるもので、これに勢いを得た義仲は征夷大将軍にまで昇り詰めました。

義仲が用いた火牛の計は、後に戦国武将・北条早雲も小田原城を奪取する際に用いて成功を収めています(2008.7.13参照)。

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2009年8月13日 (木)

福井旅行記 vol.2

ヨッシーです。夏期休暇を利用して2年ぶりに福井を訪問しました。高速道路の通行料金の上限が1,000円になったのと、地震によって東名高速道路が通行止めになっていることから中央自動車道の渋滞が予想されたため、今回は中部縦貫自動車道を走ってみました。まだ建設中の箇所が多かったですが、最短コースだったので意外に早く到着することができました。

8月13日

自宅 →(安房トンネル・飛騨清見IC~白鳥IC)→ 九頭竜ダム・歴史の里(大野) → 勝山城博物館・平泉寺白山神社・清大寺・開善寺(勝山) → 善導寺・旧内山家・亀山公園・御清水・義景公園(大野) → 須波阿須疑神社(池田) → 小次郎公園・柳の滝・岡太大瀧神社・大塩八幡宮(越前) →(武生IC~福井IC)→ 美山森林温泉(福井) → 福井・泊

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写真は、拝殿と本殿が一体になった岡太大瀧神社の社殿です。天保14年(1843年)に建てられたまだ新しい建造物ですが、四層に重なった屋根を持つ高度な建築技術と欄干や本殿の壁面に施された繊細な彫刻の芸術性の高さから国の重要文化財に指定されています。

岡太大瀧神社の御祭神は、越前和紙の紙祖神である川上御前です。川上御前は、田畑の少ない山間の当地に紙漉きの技を伝えた人物と伝えられていますが、丁度その頃には継体天皇も当地にいた(やって来た)と言われていることから、両者は当時の技術先進国であった北九州・出雲(邪馬台国)からやって来た人物であると考えられます(2009.3.30参照)。

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2007年8月14日 (火)

福井・石川旅行記

ヨッシーです。今日は、福井から石川に入りました。これまで金沢には何度か行ったことがありましたが、いつもメジャーどころにしか行ってなかったので、今回は隠れたスポットにも訪れてみました。

8月14日

坂井・発 → 称念寺・丸岡城・高岳寺・三国神社・旧森田銀行本店・旧岸名家・瀧谷寺・東尋坊(坂井) → 吉崎御坊(あわら) → 大聖寺城跡・全昌寺・実性院(加賀) → 那谷寺・安宅住吉神社・小松城跡(小松) → 白山比咩神社・聖興寺(白山) → 喜多家住宅・野々市町郷土資料館(野々市) → 大乗寺・野田山墓地・妙立寺・極楽寺・尾山神社・金沢城公園・兼六園・尾崎神社(金沢) →(金沢東IC~富山IC)→ 富山・泊

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写真は、金沢城公園のすぐ隣にある尾山神社の神門(楼門)で、重要文化財に指定されています。尾山の由来は、金沢城のある場所がかつて尾山御坊と呼ばれていたことによります。

尾山神社には、前田利家とその妻・まつが祀られています。この神門は明治時代に建てられたものですが、和洋中の技術が見事に融合しており、徳川家に次ぐ実力者にして地域産業の振興にも力を入れた利家に相応しい気品と貫禄が感じられました。

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2007年8月13日 (月)

福井旅行記

ヨッシーです。帰省帰りにヨッシーが30年前に住んでいた福井を久しぶりに訪問しました。街並みは大きく様変わりしていましたが、ヨッシーが住んでいた家が無人ながら今も残っていて懐かしく思いました。

8月13日

竜王・発 →(竜王IC~敦賀IC)→ 気比の松原・真願寺・気比神宮・永賞寺・金崎宮(敦賀) → 国分寺・総社大神宮・妙国寺・引接寺(越前) → 萬慶寺・誠照寺・神明社(鯖江) → 劔神社(越前) → 足羽神社・藤島神社・心月寺・妙経寺・西光寺・柴田神社・福井城址・養浩館・神明神社・一乗谷朝倉氏遺跡(福井) → 永平寺・天龍寺(永平寺) → 大安禅寺(福井) → 坂井・泊

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写真は、越前国二ノ宮・劔神社の本殿です。この神社自体に特に変わった所はありませんが、実はここが「織田氏」発祥の地と言われています。当神社の神職をしていた越前国守護代・織田氏が織田信長の祖先と言われています。

しかし!ヨッシーが驚いたのは、この事ではありません。劔神社のある織田の呼び方が「おた」だったのです。すなわち、織田信長の本当の呼び方は、「おたのぶなが」ということになります。「おた」って聞き慣れていないと「オタク」みたいで格好悪いですよね。

近年、歴史検証が進んで、「浅井」を「あさい→あざい」と呼ぶようになりましたが、近々「織田」も「おだ→おた」と呼ぶようになる日が来るかもしれません。

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