2009年8月15日 (土)

石川・富山旅行記

ヨッシーです。夏期休暇の3日目は、能登半島の海沿いを時計回りに走りました。風情のある景観の中に見事に溶け込んだ史跡から、改めて日本の美の素晴らしさを再認識しました。そんな古き良き日本の風景がまだ能登半島には残されていて、ノスタルジックな気分に浸った一日でした。

8月15日

志賀・発 → 高山右近記念公園・平家・旧福浦灯台・巌門・松尾神社・機具岩・ヤセの断崖(志賀) → 總持寺祖院・白米の千枚田・時国家・上時国家(輪島) → 平時忠卿墓所・禄剛埼灯台・旧小泊小学校・見附島(珠洲) → 明泉寺・来迎寺(穴水) → 藤津比古神社・山の寺瞑想の道・小丸山公園・七尾城址・七尾城史資料館・能登国分寺公園(七尾) → 白山社・岩井戸温泉(氷見) → 氷見・泊

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写真は、總持寺祖院の開山・常済大師の御墓所である伝燈院です。

總持寺祖院は、川崎市にある曹洞宗大本山・總持寺(2007.5.18訪問)の前身に当たる寺院で、元亨元年(1321年)に常済大師が開創した永平寺と双璧をなす曹洞宗の中心的寺院でした。しかし、明治31年(1898年)の大火で大部分を焼失したため、これを機に現在の川崎市に移転しました。以後、かつての總持寺は祖院と呼ばれていますが、現在も焼失を免れた経蔵、伝燈院、慈雲閣からは大本山の風格を感じ取ることができました。

時代の変遷で拠点(大本山)は都会に移っても、偉大な先人達が700年間守り続けてきた聖地はこれからもずっと変わることなく守り続けてほしいと願いました。

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2009年8月14日 (金)

福井・石川・富山旅行記

ヨッシーです。今日は、福井から石川県の加賀地区を経て能登方面へと向かいました。2年前に果たせなかった能登半島一周に挑戦します。能登半島西岸はサンセットビュースポットの宝庫ですが、今日は雲が多かったため残念ながら美しい日没をカメラに収めることが出来ませんでした。その代わり心配していた程、気温は上がらなかったので、エアコンなしで快適に車中泊することができました。

8月14日

福井・発 → 盛源寺・一乗滝・明智神社(福井) → 長久寺(鯖江) → 大谷寺(越前) → 瑞源寺・運正寺・左内公園(福井) →(福井IC~加賀IC)→ 江沼神社・温泉寺(加賀) → 小松天満宮(小松) →(小松IC~金沢西IC)→ 中央公園・兼六園・本多の森(金沢) → 倶利伽羅源平の郷(津幡) → 護国八幡宮(小矢部) → 喜多家・末森城跡・岡部家(宝達志水) → 気多神社・妙成寺(羽咋) → 志賀千古温泉(志賀) → 志賀・泊

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写真は、護国八幡宮の参道前に立てられていた源(木曽)義仲の像です。護国八幡宮は、富山県と石川県の県境にある倶利伽羅峠の富山県側にある神社で、倶利伽羅峠の戦いの際に義仲が本陣を置いた場所であると言われています。

倶利伽羅峠の戦いは、平家追討の兵を挙げた源義仲軍3万と平家の総大将・平維盛(清盛の嫡孫)軍7万が激突した源平の一大決戦です。義仲は2倍以上もある敵勢を奇計・火牛の計を用いて撃破したと伝えられています。平家はこの敗北を境に劣勢に転じて一気に滅亡へと向かいました。いわば、この決戦は源平の関が原と言えるもので、これに勢いを得た義仲は征夷大将軍にまで昇り詰めました。

義仲が用いた火牛の計は、後に戦国武将・北条早雲も小田原城を奪取する際に用いて成功を収めています(2008.7.13参照)。

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2007年8月14日 (火)

福井・石川旅行記

ヨッシーです。今日は、福井から石川に入りました。これまで金沢には何度か行ったことがありましたが、いつもメジャーどころにしか行ってなかったので、今回は隠れたスポットにも訪れてみました。

8月14日

坂井・発 → 称念寺・丸岡城・高岳寺・三国神社・旧森田銀行本店・旧岸名家・瀧谷寺・東尋坊(坂井) → 吉崎御坊(あわら) → 大聖寺城跡・全昌寺・実性院(加賀) → 那谷寺・安宅住吉神社・小松城跡(小松) → 白山比咩神社・聖興寺(白山) → 喜多家住宅・野々市町郷土資料館(野々市) → 大乗寺・野田山墓地・妙立寺・極楽寺・尾山神社・金沢城公園・兼六園・尾崎神社(金沢) →(金沢東IC~富山IC)→ 富山・泊

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写真は、金沢城公園のすぐ隣にある尾山神社の神門(楼門)で、重要文化財に指定されています。尾山の由来は、金沢城のある場所がかつて尾山御坊と呼ばれていたことによります。

尾山神社には、前田利家とその妻・まつが祀られています。この神門は明治時代に建てられたものですが、和洋中の技術が見事に融合しており、徳川家に次ぐ実力者にして地域産業の振興にも力を入れた利家に相応しい気品と貫禄が感じられました。

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